第9章 M-Vの衛星たち

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毎日毎日、返事の来ない交信・運用を根気よく続けた恵みは、2006年1月23日の運用中に、急にやってきた。大空の中の、まさに「はやぶさ」が見えるべき方向から、明らかに人工的な電波が発せられていることに、スーパーバイザーの西山和孝が気付いたのである。それは、予想を超えた強度で受信されていて、彼は間違いではないかと、地上局のアンテナをわざと振って、確かに「はやぶさ」がいるべき方向からの電波だと、いわば自らのほおをつねって確認したほどである。

しかし、「はやぶさ」は高速でスピンしているらしく、1周期50秒余りで強度が変化し、20秒ごとに大幅に信号が弱くなる現象を伴っていた。まるでおぼれる「はやぶさ」が、浮かんでは消え、もがいて手を伸ばしているかのようである。信号強度が大きく変わるのは、地球方向から70度も離れた方向にスピン軸(アンテナ軸)が向いていたためで、太陽電池の方向に電波の干渉が起きて、強度が低下していたわけである。これは地球から指令を送る場合も同じであるから、指令も20秒以内に完結しないと解読されないことを意味している。実際、「はやぶさ」からの電波は1月23日に受信できたが、その後1週間は、指令が送達できなかった。

2月末にはようやくテレメトリデータを取得できるようになったので、「はやぶさ」の内部の状態が一部確認できた。しかし依然として厳しい状況が続く。リチウムイオンバッテリは放電しきっており、また化学エンジンの燃料も酸化剤もすべて漏洩した。頼りはイオンエンジン用のキセノンガスだけで、それは12月に交信不能に陥った時点の圧力を保っており、約42~44kg残っていると考えられる。

イオンエンジン駆動用のキセノンガスを用いて、太陽方向に探査機を向ソロリソロリと向け始め、3月4日には、太陽と探査機のアンテナ軸の角度を14度にまで持ってきた。

探査機と回収カプセルのベーキングの後は、その回収カプセル内にサンプルを入れてある(と信じている)試料容器を移送して蓋を閉める。続いて、イオンエンジン運転状態での第2段階のベーキングを実施。イオンエンジンを1台ずつ起動させ、最大3台同時運転の状態まで運用を行う。これには数ヵ月間かかる。めざすは2006年の後半から2007年初めである。この頃にイオンエンジン運転の本格稼働を開始できれば最高である。

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