第9章 M-Vの衛星たち

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失敗は成功のもとか〜10年越しの成果〜

打上げ成功の直後、あのASTRO-Eのプロジェクト・マネジャーであった小川原嘉明から、ISASニュースの「いも焼酎」欄に以下のエッセイが寄せられた。

──M-V-6号機によるASTRO-EII(「すざく」)打上げが成功し、ほっとした。「はやぶさ」以来2年の空白の間、ロケット・衛星の信頼性向上のために地道な作業を積み重ねてきた多くの関係者の苦労の結果であろう。5年前に軌道に乗せられなかった初号機ASTRO-Eの開発担当者として、長い間の胸のつかえが下りたようで感慨ひとしおである。初号機から数えて10年余にわたる関係者の努力の結晶である新衛星「すざく」の誕生を、心から祝福したい。

私は初号機の打上げ失敗の後、宇宙研を退職し、宇宙開発の現場から離れたが、2003年秋の一連の宇宙開発の問題発生を契機に、宇宙開発委員会の調査部会で事故調査に携わることになった。以来「H-IIA」、「のぞみ」、「みどりII」と連続した事故などの原因究明と対策、さらにその後に打上げが予定されていたASTRO-EII、ALOS、ETS-VIIIなどの信頼性の審査にかかわってきた。

これをきっかけに、近年注目されているいわゆる「失敗学」なるものにも関与することになった。記憶に新しいところでは、宇宙開発以外にも、頻発する原子力関係の事故、航空機事故、JR上越新幹線や福知山線の脱線事故と、科学技術の進歩に伴い重大事故が多発するようになっている。小さいものをも数え上げたら、それこそ枚挙にいとまがない。「失敗学」ではこれらの事故を網羅したデータベースを作り、その直接の原因を分析している。

ここまでは比較的明快だが、大切なのは、その背後にある本当の要因(組織・予算・経験・人材・時間等々の多くの問題)を系統的に解明し、今後の対策を導き出すことである。だが残念ながら、この複雑に絡み合った要因の洗い出しと有効な対策の立案は、まだかなり難しいという印象は否めない。その理由の一つは、実際の事故を同一環境で再現検証することの難しさと、その背景の複雑・多様性であろう。

しかし、ここであえて言わせてもらうならば、私はこれらの事故の多くに共通する重要な要因は、「人」の問題だと思っている。このことが、例えば最近の宇宙開発委員会の報告に「信頼性の確保は、カネ、モノもさることながら、最後にはヒトに帰する」という極めて卑近な言い方でまとめられたのは、誠に我が意を得たり、の感がある。間近に迫る経験者の大量退職(2007年問題)が取りざたされている折から、ますます優秀な人材の確保と養成は、目下の最重要課題であろう。

失敗の議論では、よく「失敗こそ貴重な経験・資産である。失敗を恐れるな」といわれる。また「失敗を恐れず果敢に挑戦し、失敗を教訓に前進することこそ大切」ともいう。確かに、人間のやることだからどうしても失敗は避けられない。しかし、人命にかかわる医療などはもとより、宇宙開発でも失敗により生ずる損害は深刻なものである。仮にも「失敗を恐れずうんぬん」「失敗は成功のもと」などと言ってはいられない。今年2月のH-IIAに続いて今回のM-V-6の打上げ成功で、我が国の宇宙開発もようやく再生に向かって歩み始めた。過去の苦い経験を生かし、今後も信頼性の向上に着実な努力が積み重ねられるよう願っている。

異例の衛星再製作を実現し、見事打上げを成功させたロケット・衛星関係者の努力と、それを支援してくださった多くの人々に、あらためて深く感謝したい。打上げに成功し、衛星チームはいよいよこれからの数年間が正念場である。

ところで話は変わるが、過日、先島諸島を回る機会があった。いつかこの辺りを旅してみたいと思っていたのだが、遊びの下手な私は、宇宙研ではいつも目先のことに追われ、ついぞその機会を得られなかった。御者の弾く島歌のゆったりした三線の音に合わせて進む水牛の車で春の浅瀬を渡っていると、ふと別の世界に来たような時が流れる。こんなとき、宇宙開発の現場で血眼になって試行錯誤していたときには気付かなかった風景、いろいろと見えてくるような気がする。これこそ修羅場を離れた者に許された世界なのだろう。これからはゆっくり「いも焼酎」を楽しみながら、新生「すざく」の成果を心待ちにしている。──(小川原)

心にしみる一文である。

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