第9章 M-Vの衛星たち

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幻の衛星「ひりゅう」

打上げの翌日には早速宇宙開発委員会の技術評価部会が開かれた。宇宙科学研究所にも所外の専門家を加えた調査特別委員会が置かれ、事故原因の詳細な検討が始まった。今回破損したと考えられるグラファイト材については既に国内で54機の実績があり、類似材を含めれば国内で1,000回以上、国外でもそれを上まわるフライト実績のある材料だけに、グラファイトの破損は意外な事故だが、宇宙科学研究所は事故原因の徹底的追求へ、フル稼働を開始した。

衛星主任の井上一の言葉。

──ASTRO-E衛星を作り上げるプロセスで、毎日毎日、衛星と顔を合わせ、無事に打上げを迎えることを願って過ごすうちに、衛星を自分の身内のように感じるようになった。打上げ失敗のときは、道半ばで逝くことになってしまった衛星がふびんでならなかった。──(井上)

1955年のペンシルロケット、1970年の「おおすみ」、1985年の地球脱出(「さきがけ」「すいせい」)と、15年ごとにワンステップ上の飛躍を遂げてきた日本の宇宙科学は、次の節目として2000年には、X線で跳躍台に乗せようと考えていた。ところがこのASTRO-E衛星は軌道に届かなかった。数列通りには行かないもの。愛称には、最近の“女々しい”名前に代わって「ひりゅう(飛龍)」という勇ましいものが用意されていたのだが……。

幻の衛星「ひりゅう/ASTRO-E」

幻の衛星「ひりゅう/ASTRO-E」

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