• 前のページに戻る

衛星の準備(2)総合試験

ASTRO-E熱真空試験

1999年3月1日には、ASTRO-E衛星の総合試験が相模原キャンパスのC棟クリーンルームでスタートした。電子機器が全て衛星の側面に内向きに取り付けられていて、各機器の詳細な試験は衛星の側面パネルを机上に展開した形で行われているため、大きな衛星の姿をクリーンルーム内に見ることはできない。

一方、3種類のX線検出器やX線望遠鏡の骨格をなす伸展型光学ベンチが取り付けられる衛星ベースプレートの機械的な組立も順調に進み、7月初めには、側面パネルが組み付けられ衛星としての姿を現した。

【これまでとの違い】

この衛星の総合試験にはこれまでの衛星にくらべていくつかの重要な違いがある。扱う信号のチャンネル数や装置の動作モードが飛躍的に増大している。このため信号や動作モードのすべての組合せについて衛星上で試験を行うのが困難になっている。またノイズに対する要求も大変厳しくなっている。このため各装置、特に観測装置は、衛星搭載前のサブシステムでの試験をこれまで以上に十分に行うことが要求された。また、X線天文衛星としては世界で初めて搭載される固体ネオン(17K)と液体ヘリウム(1.3K)の寒剤を総合試験の間、維持管理する。これには、大変な神経と労力を要した。

これだけ大規模な衛星となると、そろそろ個人が全てを隅々まで把握できる限界に近付いてきており、また電源やテレメトリなどの衛星の根幹を支えるシステムも従来の衛星から抜本的な設計思想の変更が行われている。そのためかこの半年の間に各種インタフェースでいくつかの細かな不整合等が発覚したりもした。また、搭載機器の複雑化と点数の増加、およびそれらを限られた体積に収納するための構造の複雑化により、試験中に何度も行なわれる組立・分解の手順もさながらパズルのようになっている。

ASTRO-Eには特性の異なる3台のX線検出器が載るが、それぞれに限界性能を引き出すために工学的に厳しい要求が生じている。XRSは今までに無く微細なエネルギー分解能を特徴とするが、そのために大量のネオン・ヘリウムとそれを維持するためのデュワーを必要とし、また機械振動を極端に嫌う。硬X線検出器(HXD)は硬X線での過去最高の感度を持つが、これの実現のためにかつてない大量の計装配線を必要とする。X線CCDカメラ(XIS)は「あすか」のSISの発展型で、その性能を引き出すために放射冷却系に大変厳しい要求を突き付ける。

このような潜在的遅延要因にも関わらず、厳しい日程をやりくりすることにより、関係者に必要な休みも確保しつつ当初予定していたペースでなんとか試験をこなしていった。

【熱真空試験】

ASTRO-Eの熱設計を検証するための熱真空試験が1999年8月28日から9月5日まで、昼夜連続して宇宙環境を模擬した大型スペースチェンバーで実施された。ここでは、ASTRO-Eの全ミッションを通して衛星の温度が最も厳しくなる低温および高温状態を想定し、4項目の試験が行われた。その結果、解析用熱数学モデル、および熱計装の考え方に誤りのないことが確認された。

ASTRO-Eの熱設計では、衛星の熱歪み解析を行うため、熱数学モデルの節点数が従来の衛星に比べて多く約7,000節点であること、搭載機器のXISやHXD等のセンサの冷却を行うため、アンモニアを冷媒としたヒートパイプを採用したこと、などの特徴がある。

ヒートパイプの構成は、センサ部から放熱板までの熱輸送を行うヒートパイプと放熱板から宇宙空間への放熱をより効果的にするための放熱用ヒートパイプから成っている。その放熱板には、長さ約2mのヒートパイプが2本搭載されている。従来、ヒートパイプは高温側で多く用いられてきたが、この衛星の熱設計のように大型のヒートパイプが -30℃近傍の低温で使用されることは少なく、宇宙研においても初めての試みとなった。

【機械環境試験】

1999年11月4日から16日まで、ASTRO-Eのフライトモデルが打上時の振動と衝撃に耐えられることを確かめる機械環境試験を実施した。その2年ほど前に、構造的に同一のテストモデルにこの機械環境試験を施したときは、機械環境試験室内のガラス窓は大きくたわみ、壁が落ちることを心配するぐらい凄まじいものであった。このとき無事終了したとはいえ、宇宙研史上最大の衛星であることには変わりなく、更にテストモデルとは異なり、今回は結晶体などを含む各種観測装置や電子機器が搭載されている。

試験は横方向2軸、機軸方向1軸の振動試験、そして、機軸方向の衝撃試験の順で実施した。試験中、轟音をあげながら黄金の身を震わす衛星に、担当の峯杉賢治はある種の荘厳さを感じた。

試験後の外観チェックでは特に異常がなく、ひとつの大きな山を越えた。ASTRO-Eは、いよいよフライトへのラストスパートに入った。

カテゴリーメニュー