第9章 M-Vの衛星たち

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「はるか」の成し遂げたこと

宇宙研の工学実験衛星の定義は、科学観測のための衛星に先立って、それに必要な工学技術の実験をあらかじめ行う、というものであるが、「はるか」の場合、一つの衛星で、工学実験と科学観測をともに行なってしまったことになる。この二重の役割は、実は、MUSES-Bの計画が始まった当初から予定されていたものであった。

MUSES-Bの開発が始まったばかりの1989年の12月、宇宙研でスペースVLBIの国際シンポジウムが開かれているが、そこには13カ国、53名に達する海外の研究者が参加した。MUSES-Bによって電波天文観測が行えるという期待があってこそ、その人達は、はるばる海を越えて相模原まで来たのである。衛星の開発と、観測のための国際協力の体制作りは、MUSES-B計画の開始当初から平行して進められた。スペースVLBI観測のためには、海外の電波天文台や宇宙機関の協力は欠かせない。MUSES-B計画は始めから広い国際性をもつものとなった。

MUSES-Bが目標とした主な工学的課題は、大型パラボラアンテナの展開と精密な鏡面の形成、大型の構造物をもつ衛星の姿勢制御、低雑音の受信、大容量データ伝送、位相基準信号の地上から衛星への伝送(フェーズトランスファー)、精密軌道決定、相関処理技術などである。これらの基本的な部分は衛星打上げ後全てが達成され、「はるか」は、スペースVLBIのための電波望遠鏡衛星として機能しうるものとなった。

【解像度で圧倒したVSOP国際マシーン】

「はるか」と地球上のアンテナ群とを組み合わせた最長3万kmのVSOPの瞳は、1609年のガリレオの望遠鏡の十億倍、人の瞳の百億倍である。電波天文衛星「はるか」は、VSOP計画の名のもとに大規模な国際協力を展開し、波長18cmと6cmで、連日の観測を続けてきた。得られる画像の解像度は、波長18cmで0.001秒角(約4百万分の1度)、波長6cmで0.0003秒角(約百万分の1度)を達成している。ハッブル宇宙望遠鏡の解像度が最高で0.05秒角なので、波長6cmでは150倍の解像度、あるいは、ハッブル画像の1ピクセルを2万2,000ピクセルに分解する圧倒的な解像度である。

スペースVLBI特有のこととして、「はるか」専用の衛星受信局網が、世界の5カ所に作られた。公開科学観測に参加する地上の電波望遠鏡は34局、アンテナ数にして88基が、スケジュールに従って参加した。全部同時に観測に参加するわけではないが、地上の電波望遠鏡17局が参加した例では、見事な映像が得られている。一つの局からみると、10%前後の時間参加率である。

このような科学観測には国際的な連携が欠かせない。VSOP計画では、科学運用の方針を決める国際委員会VISC(VSOP International Science Council)を作った。また、実行作業グループVSOG(VSOP Science Operation Group)を設け、宇宙科学研究所、国立天文台、等の研究者が中心となって、観測のスケジュール管理、ユーザーサポート、衛星運用、相関局運用、各国の地上望遠鏡との対応等、幅広い科学運用をおこなった。

各国の多くの機関や天文台と協力したこのような複雑な国際プロジェクトは、誰も経験した事のない試みだったが、10年にも及ぶ準備と打上げ後の努力によって、新しいタイプの宇宙規模の観測装置が実現した。初めての地上でのVLBI観測が成功したのが1967年、それから30年の進歩によって、スペースVLBIが、20世紀の間に実現できたのである。

【VSOPの科学】

銀河のなかには、その中心で激しい活動をおこしているものがある。このような天体を「活動銀河核」と呼ぶ。中心はまばゆく輝き、そこからは激しくジェットが吹き出している。中心に潜む巨大ブラックホールに落ち込む渦が、舞台を提供して、高エネルギー粒子の加速、ジェットの生成をしているようである。1960年代に発見され、天文学上の大きな謎とされてきた「クウェーサー」はこのような天体の最も活動的なもので、何億光年、何十億光年もの遠くの銀河の中心で最も激しい活動を起こしている天体である。しかし、活動の源は太陽系程度の大きさの(宇宙から見れば)非常に小さな領域にあるため見かけの大きさが小さく、星のように見えている。このような明るく、しかし非常に小さな天体の撮像観測は、VSOPが最も得意とするところである。

VSOPでは、運用時間の約半分をさまざまな天体の公開観測に、約4分の1をミッション主導の系統的なサーベイに向けている。数百に及ぶ観測がおこなわれた。

「はるか」は当初の予想を上回って、8年9ヶ月の長い年月にわたり観測運用が続けられたが、2005年11月30日に最期の運用が行われ、静かに引退した。「はるか」はゆっくりと回転しながら、静かにあの羽を広げて飛び続けている。

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