第9章 M-Vの衛星たち

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感慨

──8号機の打ち上げでは、実験班がその団結力と集中力を遺憾なく発揮する絶好の機会となりました。と言うのも、平行して準備を行っていたH-IIAの打上げを優先するために、M-Vのフライトオペはあろうことか電波テストのあと一旦中断、H-IIAの打上げ後に改めて本番を再開するという前代未聞のオペレーションとなったからです。

一時帰京していた実験班は内之浦に再集結、何事もなかったかのようにスケジュールを再開し、あっさりと成功。実験成功というただひとつの目的に向かって心をひとつに合わせるわが実験班の姿に、改めて感銘を受けました。

ところで、前号機は梅雨のさなかの打上げだったのであまり目立たずに済んで助かったのですが、このオペでは実験主任と気象班チーフがふたりとも雨男だということが明るみになってしまいました。しかし、発射の直前の好判断で可愛いロケットをずぶ濡れにせずに済んだ二人の見事なコンビネーションは、次の打ち上げにもしっかりと生きることになります。──(森田泰弘)

──私たちスペース赤外線天文グループにとって初陣となった「あかり」ですが、そのまた一番最初、ミッションの構想がまとまったときの思い出を書いてみます。

もう15年くらい前の話です。SFU衛星に載せた小さな赤外線望遠鏡IRTSの開発が進んでいた時期でした。次の本格的な衛星計画に向けて、近赤外線観測衛星、遠赤外線分光観測衛星、サブミリ波サーベイ衛星の3種類が検討されていました。奥田先生からは、身の丈に合ったシンプルなサーベイ衛星を考えなさい、という指令が出ていました。私と芝井さん(現名古屋大教授)を中心に、提案されているどの波長でも観測可能な1mクラスの冷却望遠鏡が可能ではないか、という少々欲張りな(奥田先生の指令には背く?)案を作って、ワーキンググループの会議に出しました。そして結局これが“あかり”の基本概念になりました。それからは松本敏雄先生を始めとする皆さんの知恵でこの欲張りな案が実現し、現在本当に軌道を回っているのが少々信じられない気持ちです。──(村上浩)

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