第9章 M-Vの衛星たち

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「のぞみ」の地球脱出と新しい軌道計画

2回の月スウィングバイを経た1998年12月20日に、地球スウィングバイと同時に推力500Nの2液メインエンジンを噴射し、火星遷移軌道に乗った。

メインエンジンの噴射は、地球最接近の瞬間(17時10分JST)に行ったが、このとき「のぞみ」は臼田局からも、また支援を頼んでいたアメリカのDSN局からも見えない時期に当っていた。噴射終了後に「のぞみ」の電波を捕えたDSN局からの情報で、増速が当初予定の430m/sに対して、100m/s程度不足している可能性がでてきた。さらに翌朝から、臼田局でも探査機の電波の受信が可能となり、このことが確認された。

2液エンジンは、燃料のヒドラジンと酸化剤NTOの両者を混合、燃焼させ、ノズルから噴射することにより推進力を得る。そのうちのNTOを押し出すために供給するヘリウムガスのバルブにトラブルが発生した。2液エンジンを使用しない期間、ヘリウムとNTOの間を遮断するバルブである。エンジン噴射に際して、このバルブが十分に開かず、酸化剤NTOの供給が不十分で、推力が不足したということが判ったのである。

この不足の増速分を補うための追加の制御を、翌21日に行った。前日以来の徹夜の緊張の末の運用で、「のぞみ」チームの疲労は極限に達し、この運用も苦労の多いものとなった。結果的には、近地点の燃料最少点を外した制御のため、予定より多くの燃料を消費したものの、探査機は、火星遷移軌道に乗せることには成功し、チーム一同、ひとまずホッとした。

当初予定では、1999年の10月11日に火星に到着した時点で、二液エンジンを噴射して、ブレーキを掛け、火星周回軌道に入る筈だった。しかし、地球脱出に際して推進剤を使い過ぎたため、このブレーキ用の推進剤が十分に残っていないことが分かった。火星には到着するものの、このままでは火星周回軌道には入れないことになる。

一方、この緊急事態を迎えた軌道計画グループの活躍は目ざましく、地球脱出から2週間ほどの間に、様々な軌道計画を検討した。検討対象となった案は、火星で1回または2回スウィングバイをするもの、また、スウィングバイに際して、エンジンを噴射するもの、しないものなど十指に余るものである。その中から、火星軌道投入時期、必要な推進剤の量、運用リスクなどの観点から、次のような軌道計画を選んだ。

(1)近日点が地球軌道、遠日点が火星軌道となる楕円軌道を4年かけて3周
(2)2002年12月に、第1回目の地球スウィングバイ
(3)2003年6月に、第2回目の地球スウィングバイ
(4)2004年初に火星に接近し、メインエンジンを噴射して、火星周回軌道に投入

この計画によれば、火星周回軌道投入は4年ほど遅れるが、推進剤に余裕を残して、当初予定していた軌道に入れることができる。

科学観測の観点からは、火星到着までの太陽を回る軌道での観測が加わること、太陽活動が低下する時期の火星特有の現象が好条件で観測できること、アメリカの火星探査機(MGS、Climate Orbiter)との共同観測は困難になるものの、2003年に打上げ予定のヨーロッパのMars Expressとの共同観測が可能になることなどメリットもでてくる。

ただし問題点がないわけではない。「のぞみ」はすでに惑星間空間にあって、太陽中心軌道上にある。4年間の長きにわたって太陽中心軌道に探査機を回しておいて大丈夫だろうか。衛星システム・グループの厳密な検討が開始された。そして「不慮の事件がおきない限りシステムとしては大丈夫」ということが確信され、「のぞみ」は予想を超えた長旅のモードに移った。

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