第9章 M-Vの衛星たち

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ペネトレータ開発の経過

これまで月・惑星表面に科学観測機器を設置するためには、アポロ計画のように人間の手を借りるか、あるいはヴァイキング探査機のように軟着陸する方法が採られてきた。しかしペネトレータの技術が確証されれば、1回のミッションで複数の地点に観測機器を設置することが可能になる。その実現のため、チームの血のにじむような努力が展開された。

LUNAR-Aは、当初1997年夏にM-Vロケットの2号機で打ち上げる予定だった。母船とペネトレータそれぞれの単体としてのテストは無事終了していたが、母船とペネトレータを結合しての振動試験が行われた際に、分離機構に剛性不足が認められ、1998年度の冬期以降に延期された。その後次々に起きた事件としては、搭載電池の液漏れ、ペネトレータ内部の計測機器固着用のポッティング材の内部に一部に発生したクラック等があり、高い衝撃を伴うペネトレータ開発には、未知の技術に挑むさまざまな困難が立ちはだかった。

主としてサンディアの施設を借用してペネトレータの実験は何度も続けられた。夏には、試験期間中、ニューメキシコ州は連日35度近い猛暑が続いた。日本からの出張者は、貫入試験後、砂というよりは灰まみれになりながら、アメリカ側の技術者といっしょに供試体の掘り出し作業を行った。連日の暑さの中で、現地の技術者は早朝から夕遅くまで当方のスケジュールに合わせて作業し、試験がうまく行けば一斉に歓声があがり、自分の事のように喜ぶ。もうLUNAR-Aチームの一員になりきったメンバーだった。

LUNAR-A組み立て風景

2003年初頭、LUNAR-Aプロジェクトは、MUSES-Cミッションの打上げ延期に伴うスケジュール変更を行い、2004年度以降の打上げを目指して全員が邁進することを確認し、ラストスパートに入った。ところが、2003年末になって、米国Moog社製のスラスタ用推薬弁に不具合が発生したため、同一製造工程で製作されたものは、リコール品としてMoog社が回収し、修理することとなった。Moog社との調整の結果から、LUNAR-Aの2004年夏期の打上げは厳しい状況となった。

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