第9章 M-Vの衛星たち

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フライトオペレーション

M-V-3号機のフライトオペレーションは打上げ日の1ヶ月余り前に始まった。

内之浦の射場に、PLANET-Bが陸路、運び込まれたのは、6月2日だった。梅雨入りの前から続いた長期の大雨で、波見・内之浦間の国道が崖崩れの危険から閉鎖され、迂回路を通っての運搬であった。

19日までに内之浦へ輸送後の各種チェック及び推進薬の注液作業等を予定通りに終了。PLANET-BにはNTO/ヒドラジンの2液推進系が搭載されており、宇宙研としては初めてのNTO注液作業も含まれていた。17日からはロケット側各班の作業も始まり、22日には西田所長出席の下、全員打合せ会が持たれた。

ロケット側のキックモータと組合わされたのが、6月22日。ノーズフェアリングがかぶせられ、探査機が見えなくなる直前の、最終外観チェックが、同24日であった。長年、大切に育ててきた一人娘が、ロケットという頼もしい伴侶と一緒になって、衛星班の親の手を離れていく感傷的な瞬間である。「不肖の娘だけれど、ロケット君、大事にしてやってくれよ」と心の中でつぶやいたのは、一人や二人ではなかった筈である。

これらの準備と並行して、打上げ直後の探査機の運用手順についての最終確認、動作チェック結果の評価、地上設備の確認等、衛星班は、忙しい中に、次第に緊張感が高まっていった。特に、いつものことながら、打上げ後、万一の場合に想定される不具合対策の議論を始めると、本来、極めて起こり難い故障の議論が、あたかも必ず起る故障のように錯覚され、妙に白熱してくる。

1号機に比べて気味悪いほど順調に進んだスケジュールであったが、この頃には作業もいよいよ佳境に入り、残業も増え、雰囲気も士気も盛り上がっていた。ただ、梅雨の時期ゆえ毎日続く雨天と屡々訪れる雷は不安の種であった。

その天候が変わり始めたのは、小山孝一郎気象班チーフが天気と強気をみやげにKSCに到着してからである。6月29日には雨を嫌う頭胴部を整備搭に運び、全段結合を行う計画であったが、どの天気予報を見ても雨の予報。日曜日の28日は晴れの予報なので28日に作業を行い、月曜日の29日を休みにすることも検討していた。しかし小山気象班チーフはきっぱりと「28日も29日も問題なし」と予言。実験班として信じるべきは勿論わが気象班の予言。結果は29日には雨は降らず晴れ間も現れ、予言的中。気象班の信頼は一気に上がる。

整備塔から出されたM-V-3号機

角度セットを終えたM-V-3号機

気象班は続けて「4日の打ち上げまで天候は絶好調」と追い打ちをかける。この時点では天気予報は曇り時々雨又は曇りの日々を予報していた。30日、ロケットを整備搭から出し、発射姿勢での動作チェックも快晴とは行かないまでも無事終了。翌7月1日からは晴れ続きで雷も皆無。この時期としては考えもしなかった幸運(いや神も気象班の迫力に負けたか)。作業は快調に進み、気象班に対する信頼は益々高まることとなった。

7月2日には好天のもとで電波テストを無事終了。4日の打上げに向けて準備完了。翌3日15時からタイムスケジュールに入り、打上げのための徹夜の作業が始まった。毎度のことであるが、何と手慣れた実験班であることか。各班間の連携を保ちつつ、確実かつ迅速に、どんどん作業は進められて行く。

万一の商用電力停電に備えて自家発電機も起動されるが、必要最小限の電力を賄う能力しかない。冷房は一斉に切られ、照明も必要最小限に絞られる。ロケット搭載機器と衛星は内部電源に切り替えられ、着脱コネクタが外される。発射準備完了である。-60秒からのカウントダウン。

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