小惑星探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウのサンプルが入ったカプセルを2020年12月6日に地球に届けました。その後、「はやぶさ2拡張ミッション(はやぶさ2♯)」として探査機の運用が続いています。今後の目標は、まず、2026年に小惑星トリフネのフライバイ、そして、2031年に小惑星1998 KY26へのランデブーを行うことです。

そのトリフネフライバイまで、あと半年ほどになりました。現在の軌道運用状況に基づきますと、フライバイ日(探査機がトリフネに最も接近する日)は2026年7月5日になります。探査機は、トリフネの近くを相対速度5km/sほどで通過します。トリフネに接近しながら、探査機に搭載されている装置で観測を行います(図1)。

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図1: 小惑星トリフネをフライバイする「はやぶさ2」(想像図) (© 池下章裕)

フライバイの時刻はまだ決まっていません。フライバイの時刻は、今後の探査機の運用状況にもよるのですが、サイエンス観測からも検討が行われています。フライバイ探査は一瞬で終わってしまいますから、トリフネのどの面を観測するとよりよいデータが得られるのかを検討しています。トリフネの自転周期は約5時間なので、少し時間をずらせばトリフネの別の面が見えることになります。さらに、探査機との通信でどの地上局を使うかも重要です。通常は日本にある地上局(臼田宇宙空間観測所、美笹深宇宙探査用地上局)で「はやぶさ2」との通信を行っていますが、重要な運用の場合にはアメリカ、オーストラリア、スペインなどにある米国の地上局も使います。フライバイ時、あるいはその前後でどの地上局を使うかもフライバイ時刻を決める重要な条件になります。フライバイの時刻につきましては、フライバイ日が近づいてきたときにお知らせします。

また、フライバイのときのトリフネからの距離も重要です(図2)。「はやぶさ2」はランデブー用の探査機です。つまり、小惑星に到着してから詳しい観測を行うことができるように設計されています。ということは、小惑星になるべく接近しないと、よいデータが得られないということになります。フライバイ探査を目的とした探査機の場合には、遠方からでもよいデータが得られるような装置(望遠鏡など)が搭載されていますが、「はやぶさ2」にはそのような装置は搭載されていません。接近しすぎて探査機が小惑星に衝突してしまったら大変ですから、どこまで接近させればよいかですが、現在、チームではトリフネ表面から1kmくらいまで接近させることができないか検討しています。トリフネの大きさは平均直径で約450mと推定されており、さらに形は細長いのではないかと言われています。大きさや形が分かっていないこともあるので、接近距離については慎重に検討しています。

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図2: 最接近距離の違いによる探査機の運用の説明図。
①の軌道では、安全にフライバイできるが距離が遠いため解像度のよいデータが得られないし、接近しながら探査機の向きを大きく変える必要がある。③の軌道では、探査機の向きを小惑星方向に固定したまま至近距離まで接近できるが、探査機が小惑星に衝突してしまう。②の軌道のようにできる限り小惑星に近いところを通過させると、解像度のよいデータが得られるし、最接近の直前まで探査機の姿勢を大きく変更する必要がないが、小惑星に近づきすぎると衝突の危険性がある。

できる限り小惑星の近くを通過させるということは、別の利点があります。トリフネに接近していくときに「はやぶさ2」に搭載されているカメラなどの装置をトリフネに向けるわけですが、「はやぶさ2」ではカメラは固定されているので、探査機の姿勢(向き)を変えることで対応することになります。ところが、「はやぶさ2」ではその姿勢を短い時間で大きく変更することはできません。最接近距離が小さければ接近していくときに探査機の姿勢を変化させなくてもずっとカメラの視野にトリフネが入っています。もちろん、トリフネに最接近する前後では探査機の向きを大きく振らないとトリフネを捉えることができないのですが、ここは「はやぶさ2」では観測しません。最接近する直前までの観測になります。

以上のように、元々、ランデブー用の探査機を使って、高速フライバイ探査に挑戦するのが、小惑星トリフネフライバイ探査です。トリフネへの最接近距離が小さいときには特に正確な軌道誘導(ナビゲーション)が必要になります。もし、探査機を非常に正確にナビゲーションすることができれば、小さな小惑星に探査機を衝突させることもできることになります。これは、まさにプラネタリーディフェンス(地球防衛)にとって重要な技術です。2022年にNASAがDARTという探査機を小惑星に衝突させる実験しました。探査機の衝突によってどのくらい小惑星の軌道を変更することができるのかを調べたのです。探査機の正確なナビゲーションができれば、日本も天体の地球衝突回避に貢献できるようになります。

「はやぶさ2」のトリフネフライバイは、新たな小惑星を調べるという惑星科学に加えてプラネタリーディフェンスの目的も持っています。2026年7月5日の小惑星トリフネフライバイ探査の成果にご期待ください。

はやぶさ2拡張ミッションチーム

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参考図: 「はやぶさ2拡張ミッション」のシナリオ