概要

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 地球外物質研究グループの矢田達主任研究開発員らが参加した研究グループは日本の探査機「はやぶさ2」が回収した小惑星リュウグウの砂つぶから、微小な塩の結晶を発見しました。これらはリュウグウの母体となる天体を満たした塩水が蒸発や凍結によって失われた時に析出した鉱物です。同じく塩類が見つかっているエンセラダスなどの海洋天体とリュウグウの水の環境とを比較する研究につながります。

ポイント

  • リュウグウの砂つぶを電子顕微鏡などの分析を駆使して観察した結果、炭酸ナトリウム、岩塩、硫酸塩を含む塩の結晶が発見されました。
  • ナトリウム炭酸塩や岩塩は、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダスなど内部に海をもつ天体の表層にも、海の成分の析出物として見つかっています。塩の結晶はリュウグウとこれらの海洋天体の水の成分や進化を比較できる新しい手がかりになると期待されます。
  • 塩結晶はリュウグウの母天体を流れた塩水が蒸発したか凍結した際に成長したと考えられます。現在のリュウグウは液体で満たされておらず、どのように母天体から液体が失われたのかこれまで謎でした。塩の結晶は、液体の水が消えていった道筋を示した初めての証拠でもあります。

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図1: リュウグウの砂表面で見られたナトリウム炭酸塩脈(青色)の擬似カラー電子顕微鏡画像。(©京都大学)

本成果は2024年11月19日(日本時間)付で国際科学誌「Nature Astronomy」に掲載されました。研究グループは松本徹特定助教(京都大), 野口高教授(京都大),三宅亮教授(京都大), 伊神洋平助教(京都大), 松本恵助教(東北大), 矢田達主任研究開発員(JAXA), 上椙真之主幹研究員(JASRI), 安武正展研究員(JASRI), 上杉健太朗主席研究員(JASRI), 竹内晃久主幹研究員(JASRI), 湯澤勇人技術職員(IMS), 大東琢治准教授(KEK), 荒木暢主任研究員(IMS)らで構成されています。

1.背景

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウを探査し、表面の砂を地球に持ち帰りました。小惑星から直接持ち帰った砂には、地球に落下する隕石では見られないような未発見の物質があることも期待されていました。そのひとつは、水に溶けやすい、もしくは吸湿しやすい物質です。湿気を含む地球大気の下で変化してしまう物質は、宇宙空間から持ち帰ったままの新鮮な状態でなければ気付くことも難しいからです。

2.研究手法・成果

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所の惑星物質試料受入設備には空気に触れることなく小惑星の砂を観察できる設備(グローブボックス、密閉型試料容器、エアロック付き電子顕微鏡)が整っています。この設備を活用し、矢田達主任研究開発員らは、リュウグウの砂を大気に全く触れない状態に注意深く保ち、その表面を光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡1を使って観察しました。すると、砂の表面に小さな白い鉱脈が発達していることを見つけました(図1, 2)。鉱脈を形作る鉱物を、ナノメートルに及ぶ小さな構造を観察できる透過型電子顕微鏡2を使って観察すると、ナトリウム炭酸塩(Na2CO3)、岩塩(NaCl:塩化ナトリウム)の結晶や、ナトリウム硫酸塩(Na2SO4)がその成分であることがわかりました(図3)。

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図2: リュウグウの砂の光学顕微鏡写真。矢印はナトリウム炭酸塩脈を指す。(©京都大学)

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図3: ナトリウム炭酸塩脈の断面の詳細な様子(透過型電子顕微鏡画像に擬似着色した)。粘土(三角印:茶色の部分)の表面にナトリウム炭酸塩(星印:青色の部分)が分布している。100ナノメートル程度の大きさの塩化ナトリウム(六角形印:マゼンタの部分)も含まれる。 (©京都大学)

現在のリュウグウは900メートル程度の大きさですが、かつては数十キロメートルの大きさをもつ母体となった天体-母天体(ぼてんたい)-が太陽系の始まった頃の約45億年前に存在したと推定されています(図4)。その内部は放射性元素の崩壊熱によって温められ、100度以下のお湯で満たされていたと考えられています。このリュウグウの母天体を流れた液体は塩水であることが、リュウグウの砂から熱水に抽出した成分がナトリウムや塩素などに富むことから推定されていました。見つかった塩結晶も母天体の塩水の中で沈殿したと考えられます。

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図4: リュウグウの母天体での塩結晶の形成 (©京都大学)

発見された鉱物はいずれも水に非常に溶けやすい性質をもつ塩の結晶です。水に溶けやすいということは、液体が極めて少なく塩分濃度が高くなければ結晶が析出できなかったと予想されます。そのため矢田達主任研究開発員らは、リュウグウの砂を作る多くの鉱物が母天体で沈殿したあとに、液体の水が失われる現象が存在し、その際に塩の結晶が沈殿したと考えました(図4)。液体がなくなる現象として考えられる可能性のひとつは、塩水の蒸発です。母天体の内部から表層の宇宙空間へまでつながる割れ目が生まれれば、天体内部の液体は減圧されて蒸発すると考えられます。地球上では大陸内部に取り残された湖が干上がった時に高い濃度の塩水が生じ、ナトリウム炭酸塩や岩塩などが析出することが知られています。これらは「蒸発岩」と呼ばれており、リュウグウ母天体でも蒸発岩が生まれたのかもしれません。もうひとつの可能性は、液体の凍結です。母天体を温めていた放射性元素が乏しくなると天体は冷えてゆき、塩水は徐々に凍結するはずです。塩水に溶けた陽イオンや陰イオンは氷には取り込まれにくいので、凍結が進むと残された塩水の濃度は高くなります。すると濃い塩水からは塩結晶が析出します。凍結した氷はやがて現在に至るまでに宇宙空間へと昇華してしまったと考えられます。

現在のリュウグウに大量の液体は見られず、そしてリュウグウの砂つぶも濡れていることはなく、母天体を流れたはずの液体の水がどのように失われたのか分かっていませんでした。今回の研究により、リュウグウの母天体では蒸発、もしくは凍結によって液体の失われる現象が起こったことが初めてわかりました。

3.波及効果

リュウグウの砂で見つかったナトリウム炭酸塩は地球に飛来する隕石では見つかっておらず、小惑星の砂から発見されたことは全くの予想外でした。一方で、準惑星のセレスや木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンセラダスなど地下に海が広がっていると予想される天体で塩類が検出されています。たとえばセレスには内部海の物質が凍って吹き出す氷火山があり、ナトリウム炭酸塩は噴出物の主要な成分です。エンセラダス表層の氷の裂け目から噴き出す間欠泉(図5)にはナトリウム炭酸塩や塩化ナトリウムが含まれます。種々の塩類は天体の水の成分や進化を反映しています。そのため、塩の結晶はリュウグウと太陽系の海洋天体との水環境の共通性や違いを比較できる新しい手がかりになると期待されます。とりわけ太陽系の水環境に注目することは、生命の材料である有機物の水中での化学反応を理解することにもつながります。

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図5: エンセラダスから吹き出す間欠泉 (©NASA/JPL)

<用語解説>
1 走査型電子顕微鏡: 電子ビームを照射することで、試料表面の凹凸や化学組成を見ることができる顕微鏡です。
2 透過型電子顕微鏡: 100nm厚さに薄く加工した試料に対して高電圧の電子線を照射し、電子が試料を透過したことで生じる電子の干渉像を得る顕微鏡で、原子スケールに及ぶ微細組織の観察が可能です。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Sodium carbonates on Ryugu as evidence of highly saline water in the outer Solar System. (太陽系の外側領域で高濃度の塩水が生まれた証拠を示すリュウグウのナトリウム炭酸塩)

著者:Toru Matsumoto1,2*, Takaaki Noguchi2, Akira Miyake2, Yohei Igami2, Megumi Matsumoto3, Toru Yada4, Masayuki Uesugi5, Masahiro Yasutake5, Kentaro Uesugi5, Akihisa Takeuchi5, Hayato Yuzawa6, Takuji Ohigashi7, Tohru Araki6.

1 The Hakubi Center for Advanced Research, Kyoto University; Kitashirakawaoiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan.
2 Division of Earth and Planetary Sciences, Kyoto University; Kitashirakawaoiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan.
3 Department of Earth Science, Graduate School of Science, Tohoku University; 6-3 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980-8578, Japan.
4 Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency; 3-1-1 Yoshinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan.
5 Japan Synchrotron Radiation Research Institute; 1-1-1 Kouto, Sayo-cho, Sayo-gun, Hyogo 679-5198, Japan.
6 UVSOR Synchrotron Facility, Institute for Molecular Science, 38 Nishigo-Naka, Myodaiji, Okazaki, Aichi, 444-8585, Japan.
7 Photon Factory, Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization, 1-1 Oho, Tsukuba, Ibaraki, 305-0801 Japan.

掲載誌: Nature Astronomy  DOI:10.1038/s41550-024-02418-1