〜リュウグウ試料から段階抽出されたマグネシウム同位体分析からリュウグウ構成鉱物の晶出順序・始源的天体中の水の組成変化が明らかに〜
太陽系で最も始源的な天体の一つである、小惑星リュウグウから地球汚染の影響を受けずに持ち帰られた帰還試料を分析することによって、初めて地球環境の影響を受けていない始源天体中での水質変成過程を明らかにすることが出来る。本研究ではリュウグウ試料を水からフッ酸・過塩素酸混合溶液まで段階的に抽出し、その溶液中のマグネシウムの同位体分析を行った。その結果、始源天体中に最後まで存在していた塩水中のマグネシウム同位体組成が最も軽く、最初に結晶化した層状ケイ酸塩の組成が最も重いことが分かった。また、この分析により、始源天体中で、元々存在したかんらん石・輝石といった無水ケイ酸塩鉱物が共に集積した氷に含まれていた塩酸のような溶液で溶解して、層状ケイ酸塩(phyllosilicate)、カルシウム炭酸塩(calcite)、マグネシウム炭酸塩(dolomite)、マグネシウム・鉄・マンガン炭酸塩(breunnerite)、という順番で晶出し、それに伴って液体がどのように変化していったかを明らかにすることが出来た。また、始源天体中で最後まで残った、主にナトリウム・カリウムの陽イオンからなる塩水が、層状ケイ酸塩や有機物の表面電荷の安定化に寄与したことが明らかになった。
段階抽出した浸出液中のマグネシウム同位体組成分析は、液体の水が存在した始源天体の進化過程解明に非常に有用で、今後、NASAのOSIRIS-REx探査機により帰還した小惑星ベヌー試料などにも適用することで、始源的天体の進化過程の類似性・多様性について大きな示唆を与えることが出来ると考えられる。このような研究を進めることにより、始源的天体により原始地球にもたらされた水や生命起源物質の解明、ひいては原始海洋・原始生命の形成・進化過程の解明にも寄与すると期待される。
研究概要
海洋科学研究機構を中心としたグループにより、リュウグウ粒子C0002から取り出されたマグネシウム・鉄・マンガン炭酸塩鉱物(breunnerite)及びA0106、C0107集合体試料からナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの主成分元素を交換性陽イオン、炭酸塩鉱物、ケイ酸塩鉱物の各成分に分けて段階的に抽出し、イオンクロマトグラフィー、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いて浸出液のマグネシウム同位体分析を行った。リュウグウ試料に含まれるマグネシウムは金属の中でも鉄に次いで多量に存在するが、マグネシウムに富む無機鉱物が水から沈殿した順序(層状ケイ酸塩鉱物、炭酸塩鉱物、有機物及び塩化物)を解明した(図1)。小惑星リュウグウに含まれるマグネシウムは、ナトリウムと比較して20倍程度の含有量だが、水質変成を受けることでマグネシウムイオンは層状ケイ酸塩鉱物、炭酸塩鉱物として優先的に沈殿した。反対に、水からマグネシウムが除去されるため、水質はナトリウムに富む組成へと化学進化を遂げたと考えられる。ナトリウムとマグネシウムは地球の海水においても主要な塩分であり、1番目(Na+)、2番目(Mg2+)に多量に含まれる陽イオンだが、リュウグウに存在した水でも同じ順序で主成分陽イオンとして溶存しており、初期太陽系における水を媒介した化学反応の履歴を明らかにした。ナトリウムイオンは、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働き、また一部は、可溶性の有機物や揮発性の低分子有機物などとイオン結合を介したナトリウム塩を形成していると考えられる(図2)。
このような分析手法を今後の始源天体帰還試料に適用することで、太陽系始源天体進化の解明、そのような始源天体により原始地球にもたらされた水・有機物を明らかにすることにより、ひいては原始地球上での原始海洋・原始生命の進化過程の解明につながることが期待される。
キーワード:リュウグウ、C型小惑星、マグネシウム同位体、炭酸塩鉱物、段階抽出、誘導結合プラズマ質量分析計、原始生命、原始海洋
論文情報
雑誌名:Nature Communications (2024年9月5日付(日本時間))
タイトル:Breunnerite grain and magnesium isotope chemistry reveal cation partitioning during aqueous alteration of asteroid Ryugu
著者:吉村 寿紘1*, 荒岡 大輔2, 奈良岡 浩3, 坂井 三郎1, 小川 奈々子1, 圦本 尚義4,森田 麻由5, 小野瀬 森彦5, 横山 哲也6, マーティン・ビッツァーロ7, 田中 悟5, 大河内 直彦1, 古賀 俊貴1, ジェイソン・ドワーキン8, 中村 智樹9, 野口 高明10, 岡崎 隆司3, 薮田 ひかる11, 坂本 佳奈子12, 矢田 達12, 西村 征洋12, 中藤 亜衣子12, 宮﨑 明子12, 与賀田 佳澄12, 安部 正真12, 岡田 達明12, 臼井 寛裕12, 吉川 真12, 佐伯 孝尚12, 田中 智12, 照井 冬人13, 中澤 暁12, 渡邊 誠一郎14, 津田 雄一12, 橘 省吾12,15, 高野 淑識1*
1 国立研究開発法人 海洋研究開発機構
2 国立研究開発法人 産業技術総合研究所
3 国立大学法人 九州大学 理学部
4 国立大学法人 北海道大学 創成研究機構
5 株式会社 堀場テクノサービス
6 国立大学法人 東京工業大学 理学院
7 Centre for Star and Planet Formation, Globe Institute, University of Copenhagen, デンマーク
8 Solar System Exploration Division, NASA Goddard Space Flight Center, アメリカ
9 国立大学法人 東北大学 理学部
10 国立大学法人 京都大学 理学部
11 国立大学法人 広島大学 理学部
12 国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
13 神奈川工科大学
14 国立大学法人 名古屋大学 理学部
15 国立大学法人 東京大学 宇宙惑星科学機構
* 共同筆頭著者