「はやぶさ2」サンプルリターン成功の舞台裏で発見されたQ粒子とは?
~サンプル回収班インタビュー:坂本佳奈子氏・澤田弘崇氏~

回収用ヘリコプターから撮影したカプセルの画像
回収用ヘリコプターから撮影したカプセルの画像

2020年12月6日、「はやぶさ2」は小惑星リュウグウで採取した試料が入った帰還カプセルを地球に届けることに見事成功しました。帰還から約2年。採取されたリュウグウ粒子は太陽系の成り立ちや生命の起源を解明する重要な試料として、世界中で研究され続々と研究成果が発表されています。

2022年10月21日には日本地球化学会発行の国際学術誌「Geochemical Journal」にて、密閉されているはずの「はやぶさ2」サンプル収納コンテナの外に小惑星リュウグウ粒子を発見したという論文が発表されました。発見された粒子は一見リュウグウの試料のようにも見えるが、密閉されたサンプルコンテナの外で見つかったために疑わしい(Questionable)ということで「Q粒子」と名付けられ、その後の詳細分析でリュウグウ粒子であると結論づけられ、この度の発表となりました。

本記事では、サンプル採取機構(サンプラ)開発を担当し、カプセル帰還時にはカプセルの回収班としてオーストラリア現地で活躍された坂本佳奈子氏、澤田弘崇氏に、帰還カプセルの回収後からQ粒子が発見されたコンテナの開封作業について振り返っていただきました。

坂本佳奈子氏、澤田弘崇氏
坂本 佳奈子

坂本 佳奈子(宇宙科学研究所地球外物質研究グループ)
プロジェクトへの関わりはアルバイトとして参加したメタルシール機構*1開発から。その後民間企業に就職したが、澤田氏からの誘いを受けこの世界に戻る。家族の応援とアルバイト時のチームで開発に取り組んだ充実した時間がその理由。入社後はサンプラ開発、キュレーション*2での準備、カプセル帰還時には回収班として現地にて活躍。現在は火星衛星探査計画MMXでキュレーション担当。

澤田 弘崇

澤田 弘崇(国際宇宙探査センター火星衛星探査機プロジェクトチームファンクションマネージャ)
「はやぶさ2」のサンプラ開発を担当。カプセル帰還時には回収班のとりまとめ役としてオーストラリア現地にて活躍。カプセル回収、現地でのコンテナ内のガス採取・分析などを行った。帰国後、採取試料容器(サンプルキャッチャ)内のリュウグウ試料を最初に確認したのは澤田氏。2019年からは火星衛星探査計画MMXのプロジェクトメンバーとして、サンプラ開発を担当。

お二人が帰還カプセル回収班としてオーストラリア現地へ入られたのは、新型コロナウイルス感染症が世界中で拡大していた2020年12月。前後の隔離期間を含めると約1か月半の長いミッションだったと伺いました。

オーストラリア・ウーメラでの様子
オーストラリア・ウーメラでの様子
https://www.hayabusa2.jaxa.jp/news/playback/pages/vol_25.html

澤田: サンプラ開発を担当していた我々が回収班として現地に入りました。当初の予定では分担が可能な人数での現地入りを計画していましたが、コロナの影響によって最少人数で現地に行くことになり、帰還カプセルの構造を理解している我々が回収から帰国後の開封作業までを担当することになりました。

坂本: もう運命共同体でしたね!この期間でよりチームワークが高まりました!時間が惜しいと思われた長い隔離期間も、手順書の作成時間とすることで有効活用ができました。隔離後は開封作業を行うクリーンブースを現地本部に設置し、リハーサルをしてカプセルの帰還を待ちました。

澤田: カプセルの回収についてはこれまでも多くの記事でご紹介いただきましたが、12月6日に無事回収することができました。

現地での回収後の作業について教えてください。

帰還カプセル
帰還カプセル。中にあるコンテナを取り出すため、器具や温度センサーを取り外し、清掃を行いました。
ガス採集
カプセル回収後、現地に設営したクリーンブースでコンテナ内部のガスを採取、質量分析まで行いました。

坂本: 回収後はその日のうちに現地に設置したクリーンブースにすぐに運び入れ、取り出したサンプルコンテナをガス採取装置に設置して、コンテナ内部にあるガスの採取に成功、コンテナが密閉された状態で戻ってきたことも確認できました!
測定や分析作業を終えた後はすぐに日本へ持ち帰る準備を始めて、輸送中も地球の大気に触れないように、振動が起きないように設計された、密閉された輸送用ボックスを使用して日本へ持ち帰りました。

帰国後はコンテナ開封に向けた作業。そこでは思わぬ発見があったと伺いました。

澤田: 帰国後は空港でも相模原キャンパスでも本当にたくさんの方に出迎えていただいて、とてもびっくりしました!

坂本: 本当にびっくりしましたね!残念ながらコロナ対策もあったので誰とも近づけず距離をとって、そのままキュレーションクリーンルームに入り、隔離期間を利用して帰国したメンバーだけで作業を進めていきました。
密閉された輸送ボックスの開封、色々なパーツやアブレータ*3を取り外して、コンテナ表面の掃除をしました。

清掃作業
クリーンチャンバへ設置する前の清掃作業。

澤田: 顕微鏡で確認してゴミがないとわかるまで掃除をする工程でした。

坂本: 掃除=ゴミを取るという観点で「からめとり棒」という先が綿棒になっている棒を使いました。パーツを取り外してゴミをかき集めようとしたところ、サンプルコンテナの蓋と本体の間にたくさんの粒子のようなものが見えて、その中に「なんだか黒いのがある・・・」と。隙間に直径1ミリぐらいの黒い粒を2粒、目視で確認しました。これが今回発表されたQ粒子ですね。

Q粒子が見つかったコンテナの蓋と本体の間
Q粒子が見つかったコンテナの蓋と本体の間。

澤田: その隙間にはアブレータの繊維や、カプセルが帰還したオーストラリア・ウーメラの砂が入っているだろうと想定していましたが、その2粒は明らかに他の砂とは違うとわかるほど、黒かった。

坂本: 私たちは少しでも早くクリーンチャンバ*4にコンテナを設置するために掃除を続けていたのですが、その横で澤田さんをはじめとした数名が「さっき集めた黒いのが気になる!」と言って隣の部屋へ移動して、顕微鏡で見て「これは!!地球の石じゃなくて、リュウグウ粒子じゃない??」と大騒ぎしていました(笑)

顕微鏡でQ粒子を確認する様子
顕微鏡でQ粒子を確認する様子。

澤田: 隕石の研究をしている人であれば一目でわかるような、宇宙の石だとわかる特徴があり、確証はなくてもそうだろうと分かりましたね。

坂本: 分かった瞬間、まさに掃除をしていた手元の「からめとり棒」たちの扱いが急に変わって、丁重に保管することになりました(笑)

サンプルキャッチャA室内部の様子
サンプルキャッチャA室内部の様子。

坂本: パーツの取り外しと清掃が終了した後は、クリーンチャンバの中に入れて、チャンバの中でのサンプルコンテナの開封作業が始まりました。コンテナ開封後、コンテナの底に砂が入っていることを確認して「これはもうリュウグウ粒子はあるだろう」と。実際にサンプルキャッチャの蓋を開けたら想定の50倍を超える約5.4gの試料を確認することができました。

サンプルコンテナ開封前、思いもよらずQ粒子を見つけた瞬間の率直な感想は?

タイムラプス:コンテナ開封作業とQ粒子発見・カメラA

坂本: 「ここにあるってことは・・・コンテナの中にも試料が・・・」と、サンプル回収成功へ期待が膨らみました。もしこの2粒がリュウグウウ粒子だとすると、この2粒だけで初代の「はやぶさ」が回収した試料の質量を越えますからね(笑)
ですが、興奮で重要なことを見落としたり、判断を誤らないように、みんなで「落ち着こう、落ち着こう!」と声を掛け合いました。オーストラリアでも何かある度に「まずは落ち着こう!」、何度も何度も確認をしてから初めて「よしっ!」と、常にそんなやり取りを続けていて、この時もその後の工程でサンプルキャッチャの中にも粒子があり、これはもう確実だね、間違いないねとなってから、徐々に喜びを噛みしめていきましたね。
発見されたQ粒子についても詳細分析が進められて、コンテナ内の確実なリュウグウ試料との一致が確認され、間違いなくリュウグウ粒子であると結論づけられて、「よしっ!」と。この度の発表をすることができましたね。

コンテナ外部への混入のイメージ図
コンテナ外部への混入のイメージ図
東京大学 大学院 理学系研究科・理学部. ”「はやぶさ2」サンプル収納コンテナの外に小惑星リュウグウ粒子を発見!”
, (参照2023-1-11)

サンプラ開発としては今回のQ粒子の発見でどのような知見を得たのでしょうか。

坂本: Q粒子は「はやぶさ2」がサンプルコンテナを密封する前に、宇宙空間で外に飛び出し、コンテナ本体と蓋の間に挟まれたまま帰還したと考えられています。

澤田: 試料採取後、コンテナを密閉する際にリュウグウの砂を挟み込まないように閉められる設計をしていました。今回、このQ粒子があったことは、その設計が妥当だったというか、想定通りに機能していたことがわかります。実際、運悪くちょうど蓋を閉めるところにQ粒子がいたら、ちゃんと蓋は閉まらなかったかもしれません。

坂本: 採取が成功してコンテナ内部に大量に砂が入ったことで、入りきらずにこぼれだした粒子もたくさんあったのだろうと考えています。

Q粒子の発見同様に、予期せぬハプニングや大変だったことはありましたか?印象に残っていることを教えてください。

澤田氏
ポーズを決めて写真に写るのは稀だという澤田氏。ミッションの成功の喜びが伝わる。

澤田: 一番印象に残っていることは、クリーンチャンバの中で蓋を開けてキャッチャ内のリュウグウ試料を初めて直に確認した時で、それに勝るものはないですね!
大変だったことは一つには絞れないほど、回収から2週間ぐらいはずっと大変でしたね。緊急会議をしてその場で対処したり、とにかく順調に進んだことはほとんどなくて、そのタイミング、タイミングでパッパッパッと状況をみて、やるならやる、やらないなら別のことを即断していくことが続いて。ずっとすべてが修羅場でしたね。

オーストラリアからの帰国前、カプセル回収班で。
オーストラリアからの帰国前、カプセル回収班で。

坂本: 私は研究者と業者の方との間に入ってつなぎ役をしたり、サンプラとキュレーションとのつなぎ役をしたりとサンプラチームでサポート役をしていたのですが、チームのメンバーに恵まれたと思っています。オーストラリア現地でも色々ハプニングはありましたが、一人ひとりがすごい方達なので「この人達がやるんだから、やって出来なかったら出来なくてしょうがない!絶対乗り越えられる!」と信頼していました。逆にプレッシャーを与えてしまったかもしれませんが(笑)、私は最後まで安心してチームの役に立てるようサポートに集中することができました。

MMX
火星衛星探査計画MMXプロジェクト

現在はお二人とも火星衛星探査計画MMXプロジェクトで活躍されています。難しいミッションに取り組む想いを教えてください。

澤田氏インタビュー中

澤田: 僕の想いはシンプルです。小惑星ないし遠い天体からサンプルを採って帰ってくる技術は日本がリードしていて、NASAにも勝てる分野なので、この先もずっと追いつかれないようにというか、負けないようにしたいという想いが強いです。火星衛星探査計画MMXでもサンプラ開発を担当しており、新しいシステムを作っています。試料回収の想定量については、「はやぶさ2」の素晴らしい結果があるのでプレッシャーも感じますが、「これからも日本がリードしていく」という強いモチベーションで取り組んでいます!

坂本氏インタビュー中

坂本: 私は火星衛星探査計画MMXではキュレーションチームにいます。「はやぶさ2」での経験があって今があるので、今度はキュレーション側からサンプラチームに対してできるお手伝いがないか、キュレーション後の研究でも、ただサンプルを配るだけではなくて、よりよい提案ができないかと考えています。キュレーションはサンプルが帰ってくるのを待つ位置づけではりますが、実際は待つだけではありません。だからこそ、ただ「受け入れる」だけではなくて、率先して研究者の方々と連携してもっと大きな成果が出していけるような、リードできるチームを作りたいですね。キュレーションとしてのチーム作り、キュレーションと全世界とのチーム作りをしていけたらいいなと思っています!

  • *1 メタルシール機構 : 「はやぶさ2」で新たに開発・搭載された、アルミニウムメタルシールを使用したシール(密閉)方法。「はやぶさ2」では小惑星リュウグウから試料だけでなくガス(気体)も地球に持ち帰ることができるよう、密閉性能が高いメタルシールでサンプルコンテナを封止した。
  • *2 キュレーション : 採取した試料の受入れ、開封、分析、研究、カタログ作成、試料配布、保管等を行うこと。「はやぶさ2」が採取したリュウグウ試料のキュレーション作業は、JAXA地球外物質研究グループにて行われている。
  • *3 アブレータ : カプセル表面に使用される耐熱素材。帰還カプセルが大気圏に再突入する際の高温の熱から、カプセル内にあるサンプルコンテナや機器を守るため、カプセルには耐熱技術が施されている。
  • *4 クリーンチャンバ : 採取した試料の取扱いや、保管作業を行う設備。地球の大気などによる汚染がないよう窒素環境を保っている。ミッションごとに専用のクリーンチャンバが制作され、「はやぶさ2」のサンプルコンテナも専用のクリーンチャンバ内で開封された。

関連動画

「はやぶさ2」カプセル帰還作業サンプルコンテナ開封作業[1]~[9]

関連リンク