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図1. 金星大気観測のイメージ図

水星探査計画ベピコロンボは、JAXAが担当する水星磁気圏探査機「みお」と欧州宇宙機関(European Space Agency: ESA)が担当する水星表面探査機(Mercury Planetary Orbiter: MPO)の2機を水星周回へ送り込む大規模な国際協力ミッションです。2018年10月20日(日本時間)に打ち上げられ、探査機の水星到着は2025年12月に予定されています。実に7年以上ものクルーズ期間を経た後、水星周回からの観測を開始する長期ミッションです。クルーズ期間中、軌道変更のために地球で1回、金星で2回、水星で6回の計9回ものスイングバイを実施予定で、これは惑星探査機としては最多となります。

その最初となる地球スイングバイは2020年4月10日に行われました。次のスイングバイ、金星スイングバイが2020年10月15日に予定されています。今回の金星スイングバイを実施することでベピコロンボ探査機の軌道はさらに太陽系の内側へとシフトし、約0.5天文単位(約7500万km)まで太陽に近づくことになります。今回は2020年10月15日12時58分頃(日本時間)に金星に最接近し、高度約10,718 kmを通過する予定です。現在探査機の軌道は想定される範囲内に収まっており、またスイングバイ中の軌道修正マヌーバは計画されていません。

さて、現在、JAXAの金星探査機「あかつき」が金星を周回し観測を行っています。「あかつき」には金星大気を観測する赤外線と紫外線の観測装置も搭載されています。そして、ベピコロンボのMPOにも紫外線および赤外線の観測装置が搭載されています。しかし分厚い大気をもつ金星を観測する「あかつき」と大気をほとんどもたない水星を観測するベピコロンボではそれぞれ観測装置の性能が異なります(表1)。

表1:「あかつき」およびベピコロンボによる赤外・紫外線観測の比較
項目あかつきベピコロンボ
赤外線機器名 LIR MERTIS
波長 10 um 7-14 um
観測方法 撮像 分光撮像
主な観測対象 金星雲頂の構造と変動 水星表面の鉱物組成
紫外線機器名 UVI PHEBUS
波長 283 & 365 nm 55-330 nm
観測方法 撮像 分光撮像
主な観測対象 金星大気中の二酸化硫黄および未知の吸収物質 水星希薄大気の組成

逆にいえば、ベピコロンボ探査機は「あかつき」のみでは観測できない波長帯をカバーすることができます。そのため金星スイングバイは絶好の観測機会であり、ベピコロンボおよび「あかつき」の協調観測を実施することでこれらの機器による相補的な観測を実現したいと計画しています。

赤外線では「あかつき」搭載の中間赤外カメラ(LIR)とMPO搭載の赤外線分光観測装置(MERTIS)の同時観測を計画しています。LIRが特定の波長(10 um)金星を覆う雲の表層(雲頂)の大規模構造を撮像できるのに対し、MERTISは局所的により広い波長範囲(7-14 um)の分光観測を行うことで、より詳細な雲頂高度や温度、組成の情報を得ることができます。また最近金星での検出が発表され話題となっているリン化水素(フォスフィン、PH3)もMERTISの波長範囲に吸収線をもつため、その観測可能性について機器チームが鋭意検討中です。

紫外線では「あかつき」搭載の紫外イメージャ(UVI)とMPO搭載の紫外線分光観測装置(PHEBUS)の同時観測を計画しています。紫外線では主に雲の形成に関わる二酸化硫黄のほかに、紫外線波長で吸収をもつ未知の化学物質の分布を捉えることが目的となります。UVIでこれらの物質の大規模分布を捉えつつ、PHEBUSにより得られる分光スペクトルを組み合わせることでこれらの含有量や吸収量をより詳細に測定することが期待されます。また金星では雲層の高度における大気の変動が電離圏などより高層大気に伝搬し影響を与えていると考えられています。地球周回から極端紫外線(55-145 nm)で金星電離圏の分光観測が可能な惑星分光観測衛星「ひさき」によるモニタ観測を組み合わせることで、低層から高層にかけて複雑につながる金星大気力学に関する新たな科学成果の創出を試みます。

大気だけでなく、「みお」は金星周辺宇宙環境の計測も試みます。金星は固有の磁場をもたないため、太陽風に直接さらされることで電離圏からプラズマの形で大気が流出し続けています。「みお」搭載のプラズマ観測装置を用いてこれら金星周辺のプラズマ粒子の検出を試みるとともに、「ひさき」による金星電離圏のモニタ観測と組み合わせることで新たなサイエンス成果の創出にも期待しています。

同じ1990年代末に構想検討が開始されつつ、2010年に一足さきに宇宙へ飛び立った「あかつき」と2018年にようやく打ち上げられた「みお」が2020年に金星で一瞬の再会を果たす。その様子を遠く地球周回から「ひさき」がしっかりと見守る。JAXA/ISASが深宇宙に配備した探査船団による金星共同観測キャンペーンの今後の報告にもご期待ください。