木星周辺の宇宙空間は強い木星の磁場で満たされ、太陽系内最大の粒子加速器となっています。それらの粒子がどのようにして高いエネルギーを獲得しているのか。木星の強力な磁場に取り囲まれた領域(木星内部磁気圏)において、高温の電子が木星側に向かって流れているという証拠を「ひさき」の観測によって世界で初めて捉えました。これは従来の学説を裏付ける重要な証拠です。
本研究成果は2014年9月26日発行の米科学誌「サイエンス」に掲載されました。
木星は地球の1000倍以上もの強い磁場を持ちます。この磁力線は木星周辺の宇宙空間を満たし、木星磁気圏を形作っています。その木星磁気圏は、われわれの太陽系における最大の粒子加速器として知られています。実際、木星本体に近い内部磁気圏には、放射線帯と呼ばれる高エネルギー電子が詰まった領域があります。しかし、この領域での電子加速のメカニズムは統一的に理解されておらず、太陽系プラズマ物理における論争が続いていました。
この問題への有力な学説は次の様なものです。まず、木星磁気圏の外側領域には、高温電子が存在します。これらの電子が磁場の弱い外側領域から磁場の強い内側領域に移動すると、ある種の電磁波を励起します。この波は共鳴過程を通じて電子をさらに加速し、放射線帯電子のエネルギーへと到達させます。この過程が定常的に継続することで木星放射線帯が成立・維持されるというものです。
ここで鍵となるのが、電磁波を励起させる電子が十分にあるのか、つまり、磁場の弱い領域から強い領域へと高温電子が効率的に輸送されるのか、ということです。磁場はバリアのように振る舞う性質があり、より磁場の強い領域へと電子を輸送することは容易ではありません。したがって、この論争に終止符を打つには、木星磁気圏の外側から内側へと向かう電子を観測的に捉えることが決定的に重要です。
木星磁気圏の電子の測定には、「その場」に探査機を送り込んで直接観測するという手段もあります。これは、探査機位置での詳細な情報を与える一方で、ある空間範囲における輸送過程を継続的に観測したい場合には不向きな面も持ち合わせています。高温電子の大局的な様相を捉えるためには、遠隔観測のほうがよいことがあります。しかし、高温電子を直接的に遠隔撮像することはできません。したがって、遠隔観測から間接的に電子密度や温度を導出する手段が必要となります。
「ひさき」では、内部磁気圏に存在する「イオプラズマトーラス」をスクリーンとして利用しました。木星の衛星のひとつであるイオは、木星の中心から約6木星半径だけ離れた軌道上を周回しています。イオには活火山があり、ガスを宇宙空間に放出しています。火山ガスは宇宙空間でイオン化して木星の磁場に捉えられ、イオの軌道に沿ってドーナツ状に分布します(「イオプラズマトーラス」)。このトーラスを構成するイオン(硫黄、酸素等)は、周囲の高温電子との衝突励起によって複数の輝線で発光します。逆に言えば、これらの輝線の様子を調べることで、励起源である高温電子の温度や密度を知ることができます。この解析手法はスペクトル診断と呼ばれ、遠隔観測から大局的な電子温度や密度を導出する画期的な方法です。
イオプラズマトーラスが発する輝線の大部分は、極端紫外(Extreme ultraviolet: EUV)と呼ばれる波長領域にあります。平成25年9月14日にイプシロンロケット試験機によって打ち上げられた「ひさき」には、EUV波長域の観測に関して、高波長・空間分解能、高検出効率を実現し、さらに惑星専用の宇宙望遠鏡として継続的に惑星観測を続けられるという点で前例のない特長を有し、イオプラズマトーラスに関して、これまでにない高精度なスペクトル診断を可能にしました(図1)。
本研究では、平成25年11月に「ひさき」が取得した木星磁気圏のEUVデータに対してスペクトル診断を適用しました。その結果、イオプラズマトーラスには、外部磁気圏起源の高温電子が数%の割合で存在することが明らかになりました。さらに、その空間分布から磁気圏の外側から内側に向けて高効率な電子の輸送が起きていることが分かりました。これは、木星放射線帯の形成・維持に必要な高温電子輸送の証拠を世界で初めて捉えた、ということです(図2)。
この輸送はどうやって起きているのでしょうか。今回の観測はイオプラズマトーラスをスクリーンとして活用しました。そうして得た結果から、イオプラズマトーラスがあるからこそ高効率の輸送が駆動され、そのことが木星を太陽系最強の粒子加速器たらしめているのではないかと考えられます。