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(Credit: JAXA)

現在稼働中の唯一の極端紫外線観測装置を用いた銀河団中心部のガスの観測から、銀河団中心では理論的な予測よりも冷却されたガスの量が少ないことがわかりました。銀河団中心部のガスの状態やふるまいについて、さらなる研究が必要です。

銀河団は100以上の銀河が集まった系であり、宇宙で最大の天体です。人間の目で見える光(可視光)で観測すると銀河の集団として見える銀河団ですが、実際には大量のダークマターの重力によって数千万度以上という高温ガスが捉えられています。

銀河団の中心部(銀河団コア)の高温ガスは非常に強いX線を放射しています。そして理論的には、銀河コアの高温ガスはX線を放射することでエネルギーを失い、急速に冷えるはずだと推測されています。しかし、今まで、放射で冷却された低温ガスは観測で確認されていません。つまり、銀河団コアでは高温が維持されていることになります。高温が維持され低温ガスが検出されない理由はいくつかの可能性があります。たとえば、理論予想よりも冷却効率が悪く、低温ガスが少ないために検出できない可能性、また、何からの加熱源が銀河団コアの冷却を妨げている可能性もあります。銀河団中心に位置する銀河にあるブラックホールは、その加熱源の候補の一つです。

銀河団コアの高温ガスがどのようにして高温を保っているのか、それを明らかにするには、様々な温度のガスを観測し、温度分布を明らかにする必要があります。また、観測結果を整合的に説明できる仮説をたて、観測的に検証することも必要です。

蘇 媛媛氏(ケンタッキー大学)率いる国際研究チームは、銀河団コアの数万度から数十万度のガス(以下、中温ガス)を調べることを試みました。数千万度のガス、数百万から数十万度までのガスは先行研究がありますが、中温ガスの情報が不足していたためです。さらに、中温ガスの量を測定することで、高温ガスがどのくらい冷却されているのかを明らかにすることができ、どのようなメカニズムで高温を保っているのかを知るための手がかりを得ることができます。

研究チームは中温ガスを観測するための最良の方法として中性のヘリウムが発する波長58.4 nm の輝線に着目しました。ただし、この波長を観測するには観測対象を選ぶ必要があります。というのは、波長91.2nmよりも短い波長の光は、銀河にある中性水素ガスに吸収されてしまうため、観測者に届かないのです。一方、宇宙は膨張しているので、遠くの天体ほどより速く地球から遠ざかっています。するとドップラー効果によって、遠くの天体が発する光は波長が長くなります。つまり、十分に遠い銀河団を選べば、観測したい波長58.4nmの光がより長い波長にシフトするので、中性水素ガスに吸収されずに地球近くで観測することができるのです。

研究チームは、地球からの距離が約64億光年の銀河団RCS2J232727.6-020437に注目しました。RCS2 J232727.6-020437は、カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡によって発見された銀河団で、この距離では最も重い銀河団であることがわかっています。チャンドラX線望遠鏡による観測から、この銀河団コアの高温ガスが放射冷却すると、毎年数100太陽質量の低温ガスを生成すると見積もられています。

この銀河団から発せられた58.4nmの光は、宇宙膨張によるドップラー効果により、地球に届いたときには約99.3nmの波長の光になります。中性水素ガスによる吸収を受ける波長よりも長波長なので、観測することが可能なのです。観測波長99.3nmの光は極端紫外線と呼ばれる波長域の光です。極端紫外線は地球大気で吸収されるので、観測するには宇宙望遠鏡が必須です。

本研究で、国際研究チームは惑星分光観測衛星「ひさき」の極端紫外線観測装置を利用して、RCS2 J232727.6-020437の中性ヘリウムが発する輝線を観測しました。「ひさき」は太陽系内の惑星観測を目的に打ち上げられた宇宙望遠鏡です。惑星の磁気圏や大気圏と太陽風との相互作用を調べるために、極端紫外線の観測装置を搭載しています。国際研究チームは、「ひさき」の極端紫外線観測装置を天文観測に利用することを思いついたのです。

「ひさき」による観測の結果、中性ヘリウムが発する輝線は検出できず、中温ガスが予測されていたほどには存在しないことがわかりました。このことは、理論予想に反し、高温ガスの冷却の効率が悪いか、冷却を妨げるメカニズムが働いているか、何らかの加熱源によってガスが暖められていることを示唆しています。

2019年現在、極端紫外線を観測できるのは「ひさき」だけです。本研究から、「ひさき」は惑星観測だけでなく、より遠方の天体にも有用であることが示されました。宇宙には、本研究で観測した銀河団意外にも、極端紫外線で観測すべき天体がたくさんあります。例えば、大質量星、白色矮星、銀河などです。今後も「ひさき」の活躍が期待されます。

論文情報

Su, Yuanyuan, Tomoki Kimura, Ralph P. Kraft, Paul E. J. Nulsen, Megan Gralla, William R. Forman, Go Murakami, Atsushi Yamazaki, and Ichiro Yoshikawa (2019), The first astrophysical result of Hisaki: a search for the EUV He I lines in a massive cool core cluster at z=0.7, Astrophysical Journal, 881, 2, 98, 2019年8月16日発表,
DOI : 10.3847/1538-4357/ab2cd0