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(Credit: JAXA)

火星で大規模な砂嵐が発生すると、高層大気中の水素ガスの量が増加するのに対し、酸素ガスの量が一時的に減少することが観測されました。このような反相関関係は、砂嵐期間に火星からの水素ガス流出が促進される一方で酸素ガス流出が抑制されることを意味しており、砂嵐には酸素を温存し火星の大気を酸化する役目があることを示唆します。そのため、過去の火星は現在に比べて還元的な大気を有し、生命の生まれやすい環境であった可能性があります。

概要

宇宙航空研究開発研究機構宇宙科学研究所・宇宙航空プロジェクト研究員の益永圭を中心とするJAXA、東北大学、フランスソルボンヌ大学、東京大学、東京理科大学の研究チームは、JAXAの「ひさき」衛星等を用いて、火星で砂嵐が発生すると上層大気中の水素と酸素の量に逆相関関係が現れることを発見し、一時的に火星の上層大気から水素が流出しやすく、酸素が流出しづらい状態を生み出すことを明らかにしました。火星の砂嵐は季節的に発生することが知られているため、もし毎回の砂嵐でこの状態が生まれ、そして何億年というスケールの火星の歴史の中で繰り返してきたとすると、火星の大気は砂嵐によって酸化されてきたことになります。すなわち、過去の火星は現在の火星よりも還元的な大気を有していたことを示唆します。還元的な大気では生命を構成する有機物の合成が起こりやすいため、本研究の発見は過去の火星生命環境のヒントとなるかもしれません。本研究成果はNature Communicationsに掲載されました。

研究の背景

現在の火星は寒冷かつ乾燥した気候で、表面に液体の水は存在していません。しかし、近年の観測により得られた地理的特徴から、過去の火星は温暖で、表面に海が存在したと考えられています。では、かつて存在した海はどのようにして失われたのでしょうか?現在のところ、水が地下に輸送され、氷として残っているという説と水の構成元素である水素や酸素がガスの形で宇宙空間へ流出してしまったという2つの説があります。我々は、過去に存在した火星表面の水の行方を知るため、後者の大気流出的観点から火星大気の観測的な研究を進めています。

火星からの大気流出機構は、主に欧米の火星探査機の活躍によってその詳細が理解されてきました。特に、近年は火星で砂嵐が発生すると、下層大気中の水蒸気が急速に大気上層まで輸送され、これを起源とする水素ガスが火星から宇宙空間に流出している現場が直接観測されました。この成果は火星から水起源の物質が直接流出する現場を捉えた研究として注目を浴びました。しかし、水素ガスの観測だけでは、砂嵐が火星の大気流出に及ぼす影響を完全に理解したとは言えません。そのため、砂嵐が火星の大気流出、大気進化及び気候変動に果たした役割についての研究が引き続き世界中で進められています。

本研究では、火星の砂嵐が水素だけでなく水のもう一つの構成要素である酸素の流出にどのような影響を及ぼすのかについて着目しました。火星大気上層に広がる酸素のガスは、主に大気主成分である二酸化炭素を起源としているため、大気微量成分である水蒸気からの寄与は小さいと予想されていますが、その詳細については未解明でした。これを調べるため、私たちはJAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」や欧米の火星探査機の観測データを用い、火星の下層大気から上層大気に渡る様々な物理量の変動の解析を進めました。

研究の成果

私たちは2016年9月に火星で発生した砂嵐の期間にJAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」や欧米の複数の火星探査機(Mars Reconnaissance Orbiter, Mars Express, Mars Atmosphere and Volatile and Evolution, 及びCuriosity Rover)によって同時観測された火星の上層大気及び下層大気のさまざまな種類のデータを解析しました。まずは、「ひさき」の火星上層大気分光観測データを用い、火星上層大気で発光する水素原子(HI Ly-β)及び酸素原子(OI 130.4 nmと135.6 nm)の大気光変動を解析しました。これらの大気光は太陽からの光の散乱や電離圏の電子との衝突により発光しており、発光強度は原子の(コラム)量に関連しています。この性質を用い、砂嵐期間に火星上層大気中の水素ガスと酸素ガスの総量がどのように変動するのかが分かります。これと同時に欧米の火星探査機によって観測された下層大気中のダスト量、水蒸気量、氷雲、気温や気圧といった気象データ等も解析し、下層大気の状態と上層大気の水素や酸素の総量の関連について調査しました。

その結果、火星上層大気の水素ガスや酸素ガスの総量が、下層大気で発生する砂嵐や大気波動を介して増減することが示されました。特に、火星で砂嵐が発生すると一時的に上層大気では水素ガスが約2倍増加し、酸素ガスが約3分の1に減少することが明らかになり、火星から水素ガスが流出しやすく、酸素ガスが流出しづらい状態となることが示唆されました。火星では、砂嵐が季節的に発生することが知られており、火星の1年で少なくとも3回は大規模な砂嵐に発達します。もし、私たちが今回発見した水素ガスが流出しやすく、酸素ガスが流出しにくい状態が毎回の砂嵐で生じ、そしてそれが何億年というスケールの火星の歴史で繰り返してきたとすると、火星の大気は砂嵐によって酸化され続けてきたことになります。すなわち、過去の火星は現在の火星よりも還元的な大気を有していたことを示唆しています。還元的な大気では雷などの放電現象を介して有機物の合成が起こりやすいと考えられています。有機物は生命の重要な構成要素であるため、過去の火星は生命が生まれやすい環境を有していた可能性があり、本研究は火星生命環境についてヒントを与える結果となるかもしれません。

今後の展開

今回の発見は将来のJAXAの火星衛星サンプルリターンミッションMartian Moons Exploration (MMX)に通ずる話です。MMXは火星衛星(火星の月)フォボスのサンプルを持ち帰り、火星衛星の起源を解明することが大目標です。一方でフォボスは火星から流出した大気に曝されており、火星大気成分がフォボス表面へ輸送されると考えられています。そのため、持ち帰ったサンプルの分析結果から、火星大気による汚染効果が導き出されることが期待されます。私たちは火星からの大気流出の仕組みを理解し、将来のMMXが明らかにするであろう火星衛星環境の理解にも繋げていきたいと考えています。

論文情報

原題:Alternate oscillations of Martian hydrogen and oxygen upper atmospheres during a major dust storm
雑誌名:Nature Communications
出版日:2022年11月3日
著者名:Kei Masunaga, Naoki Terada, Nao Yoshida, Yuki Nakamura, Takeshi Kuroda, Kazuo Yoshioka, Yudai Suzuki, Hiromu Nakagawa, Tomoki Kimura, Fuminori Tsuchiya, Go Murakami, Atsushi Yamazaki, Tomohiro Usui, and Ichiro Yoshikawa.
DOI:10.1038/s41467-022-34224-6