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(Credit:相澤紗絵)

研究概要

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が欧州宇宙機関(ESA)と共同で推進するBepiColomboミッションは第一回水星スイングバイ観測を2021年10月1日に行いました。JAXA宇宙科学研究所をはじめ、フランス宇宙物理惑星科学研究所、プラズマ物理学研究所(フランス)、マックスプランク太陽系研究所(ドイツ)、スウェーデン宇宙物理学研究所、京都大学、大阪大学、金沢大学、東海大学からなる国際研究チームによって観測データが詳細に解析され、磁気圏中で加速された電子が惑星へ降り込む瞬間を初めて捉えました。

太陽風の変化によって様相が変化する磁気圏内ではさまざまな物理過程が生じており、プラズマの加速や輸送が観測されます。これらのプラズマの加速や輸送によって引き起こされる現象の代表例がオーロラです。これまでの研究から、水星磁気圏は地球磁気圏と比べてはるかに早く磁気圏が太陽風の変化に応答・変化することがわかっていますが、その中でプラズマ、特に電子の振る舞いは過去にほとんど観測がなくあまり理解が進んでいませんでした。今回のスイングバイではこれら電子を惑星近傍で直接観測することに成功し、さらに磁気圏内で加速された電子が水星の表面に降り込み、地表面がX線で発光する現象(X線オーロラ)を引き起こすことを示唆しました。この結果は、太陽系内における各惑星の磁気圏構造や環境の違いにもかかわらず、オーロラを励起するプラズマの降り込みが普遍的に存在することを示しています。

本研究成果は、2023年7月18日にSpringerが発行する学術誌 Nature Communications に掲載されました。

背景

太陽系内の惑星は、太陽から吹き付ける太陽風と呼ばれる高速のプラズマ流にさらされています。惑星が地球のように全球的な固有磁場を持つか否か、また厚い大気を有するか否かは、太陽風と惑星環境間の相互作用を決定づける大事な指標です。水星は地球のように岩石惑星で、弱いながらも固有磁場を持つ惑星として知られており、また太陽風と相互作用することで形成される水星磁気圏は地球磁気圏と似た振る舞いをしていることが過去の研究から示唆されてきました。一方、水星の固有磁場は地球と比べて100分の1程度と弱いために磁気圏のサイズが小さく、水星近傍での物理現象は地球のものと比べて速くまた小さいスケールで起こると考えられています。そのような中でどのようにプラズマが加速され輸送されるかは詳細にはわかっていません。水星磁気圏は太陽系において唯一地球磁気圏と直接比較できる絶好の環境を持つため、我々がよく知る地球近傍でのプラズマの加速および輸送が水星でどのように変化するのか、一方で共通な点は何か、を理解するために非常に重要な惑星であるといえます。

太陽風と磁気圏の相互作用、そして太陽風の変動に伴う磁気圏環境の変化は地球において長い間さまざまな手法を用いて研究されてきました。特に地球の夜側磁気圏尾部における磁力線の繋ぎかわり現象(磁気リコネクション)やそれらによって加速・輸送されるプラズマの振る舞いは大きな研究テーマです。地球では、これらのプラズマが降り込んだ際には大気と衝突してオーロラを励起することがよく知られています。一方、水星磁気圏は過去に水星を訪れたMariner-10や周回観測を行なったMESSENGERミッションによって、磁場中心が惑星中心から北にずれているもののその構造は地球磁気圏と非常に似通っていること、また磁気圏尾部では地球と同様に磁気リコネクションやダイポラリゼーション(磁気圏磁力線形状の急激な変化)等が起きプラズマが加速されていることが明らかになりました。水星磁気圏は地球と比べて小さく太陽風の変化に敏感に応答することがわかっていますが、このような環境下でどのようにどれだけ加速がおき、どれほどプラズマが磁気圏内で輸送されるのかはわかっていませんでした。特に、加速されて惑星へ向かって降り込むプラズマは、地球においては大気と衝突してオーロラを引き起こします。一方、水星はごく薄い大気しか持たないために、プラズマが惑星へ降り込む場合、大気と衝突することなく地表まで到達し、水星表面の物質と衝突して蛍光X線を出すことが予測されています。この水星における発光現象はしばしばX線オーロラと呼ばれています。過去の観測からX線オーロラを励起する電子の降り込みの存在が間接的には議論されてきましたが、Mariner-10およびMESSENGERでは直接的な観測ができておらず、どのように加速された電子がどのように輸送されその場へと降り込むのか、そしてどれくらいのエネルギーで降り込むのかはわかっていませんでした。

研究成果

BepiColomboは日欧水星探査ミッションであり、2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられ、2025年12月の水星周回軌道投入へむけて現在惑星間空間を航行しています。この航行期間中には探査機の軌道を変える惑星スイングバイが全9回予定されており(地球1回、金星2回、水星6回)、2021年10月1日にBepiColomboは1回目の水星スイングバイを実施し、その最中に搭載装置による科学観測を遂行しました。

BepiColomboミッションはESAが主導する水星表面探査機MPO (Mercury Planetary Orbiter)及びJAXAが主導する水星磁気圏探査機「みお」の2機から成り、歴史上初めて地球以外の惑星に2つの周回探査機を同時に送りこむという画期的なミッションです。水星に着くまでの航行中は2つの探査機はドッキングされた状態で航行しており、また「みお」は太陽光シールドによって覆われているため、視野が限られるなど科学観測には大きな制約があります。しかしながら、惑星スイングバイ中には搭載装置の多くを立ち上げて観測を試み、第1回水星スイングバイにおいては、最接近高度200kmの距離まで探査機が水星に近づき、磁気圏のプラズマ観測に成功しました。これまでのMariner-10やMESSENGERはその軌道制約から水星磁気圏の南半球を低高度から観測できなかったため、今回のBepiColomboによる観測が史上初めての試みになります。

本研究では「みお」に搭載された電子観測器(MEA)、イオン観測器(MIA)、中性大気観測器(ENA)が用いられ、水星では史上初めて電子とイオンの同時観測が行われました。データ解析の補助として磁気圏モデル(KT17)が用いられ、加速された電子が南半球磁気圏の朝側で惑星表面へと降り込む様子が直接観測されました。

水星スイングバイ中、BepiColomboは水星の夜側北半球から接近し、南半球朝方付近で水星に最接近したのちに南半球昼側磁気圏を観測して太陽風へと抜けていく軌道を取りました。軌道と「みお」によるプラズマ観測結果を示したものが図1です。本スイングバイではさまざまな運用上の制約によりデータに時間的な空白が生じているものの、「みお」は磁気圏の構造を示す境界(磁気圏界面およびバウショック)を捉えることに成功し、スイングバイ当時の水星磁気圏は平均よりも圧縮されてコンパクトな状態であったことが確認されました。この圧縮された磁気圏内においてはさまざまな物理過程が観測されましたが、特に、最接近後、朝側の磁気圏で高エネルギーの電子(1-10 keV; キロ電子ボルト)のフラックスの増強が準周期的(30−40秒程度の周期)に観測されました(図2)。これらはMariner 10およびMESSENGERによって測定された高エネルギー(10〜100 keV)の電子バーストとよばれる現象に類似していましたが、詳細な解析によって1-10 keVの電子フラックス増強の周期が過去報告されたものと一致しないこと、また、電子フラックスの増強が高エネルギーから始まり低エネルギーに移行する挙動(図2 (B), (D)中黒い線)を示していることがわかりました。これらの結果から、本観測が捉えたのは過去に観測されていたものとは異なる現象であることがまず示され、また、磁気圏モデルを用いて電子がどこから輸送されてきたかを調べることにより、今回の電子の挙動は特に、朝方の磁気圏尾部で起こるプラズマ過程(磁気リコネクションやダイポラリゼーション等)に起因する電子の加速・輸送によって引き起こされたものである可能性が高いことを発見しました。

図1

図1:ベピコロンボの軌道(北から見下ろした図)およびMPPEセンサーによる観測結果。マグネトポーズ(MP:ピンクのマーク及び線)およびバウショック(BS:青のマーク及び線)通過が同定されている。(出典:Aizawa et al., 2023)

図2

図2:水星磁気圏朝側で観測された電子のフラックス増強(#1-#6)とそれに伴って観測された高エネルギーから低エネルギーへ移行する電子の振る舞いの様子。(A), (C)はそれぞれMEA1, MEA2の観測結果であり、(B), (D)はその期間全体の平均で各観測を規格化したもの。平均との比較によってフラックスが高エネルギーから低エネルギーへと移行していることがわかる(黒線によって表示)(E)および(F)はそれぞれMEA1, MEA2のカウントであり、フラックスが増強しているところでカウントが増えていることが明らかに示されている。(出典:Aizawa et al., 2023)


本研究の科学的意義

水星における磁気圏尾部のプラズマ過程に起因しうる高エネルギー電子(1-10 keV)フラックスの増強が確認されました。この場所は、MESSENGERによって観測された水星表面からのX線オーロラの発生位置と一致しています。準周期的に変化するフラックスの増強とエネルギー依存を持った電子の特徴は、MEAが磁気圏尾部で起こる磁気リコネクションやダイポラリゼーションによる加速・輸送を経て最終的には惑星表面に降下する電子を観測したことを示唆しています。地球では磁気圏尾部におけるプラズマの加速・輸送は地球大気への降り込みを起こしオーロラを生成します。BepiColomboの本観測結果は、地球と比べて小さい水星磁気圏においても、地球と非常に良く似た機構で電子が加速・輸送され、惑星に降り込んで地表からX線オーロラを生成しうることを示しました。本研究によって、水星の小さな磁気圏において電子は惑星に近い位置の磁気圏朝方側尾部で加速され、それらが惑星近傍まで輸送されることがわかりました。太陽系内の磁化惑星(海王星を除く)は各固有磁場の強度や大気の有無、放射線帯の有無などに違いはありますが、どの惑星においても加速された電子は惑星近傍まで輸送され、降り込むことが可能であり、これらがオーロラ生成過程として普遍的なメカニズムであることを証明しました。

水星磁気圏における電子の振る舞いの解明は、該当する観測機器を初めて搭載する「みお」が担う重要な科学課題の一つです。長らく水星環境において議論されてきた物理過程について、スイングバイ中の観測への大きな制約があるにもかかわらず一つの結果を出せたことは、水星周回軌道投入後の本格観測への期待を大きくするものです。

今後の展開

BepiColomboは本研究で示された水星スイングバイを終えたのち、2022年6月および2023年6月にすでに2回目および3回目の水星スイングバイを実施しました。各スイングバイ時にはさまざまな科学観測が実施されており、チームによって鋭意解析が進められており、これまでになかった科学観測機器パッケージとスイングバイ軌道を併せてこれまでのMariner-10やMESSENGERでは得られなかった新しい成果が生まれつつあります。

2025年12月に予定される水星周回軌道投入後には2機でそれぞれ観測を行いますが、例えば「みお」が太陽風を観測する間MPOが水星環境を観測するといった2機協働観測計画も綿密に検討されています。加えて、Solar OrbiterやNASAの太陽探査機Parker Solar Probeといった内部太陽圏を探査する探査機との協働観測も多く議論されており、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されています。

論文情報

原題:Direct evidence of substorm-related impulsive injections of electrons at Mercury
雑誌名:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-023-39565-4