研究概要
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が欧州宇宙機関(ESA)と共同で推進するBepiColomboミッションは第3回水星スイングバイ観測を2023年6月19日に行いました。JAXA宇宙科学研究所をはじめ、プラズマ物理学研究所(フランス)、 京都大学、フランス宇宙物理惑星科学研究所、ミシガン大学、大阪大学、マックスプランク太陽系研究所(ドイツ)、フランス大気環境宇宙観測研究所、金沢大学からなる国際研究チームによって観測データが詳細に解析され、水星磁気圏内のさまざまな場所における、惑星起源イオンのさまざまな様相が明らかになりました。
本研究成果は、2024年10月3日にSpringerが発行する学術誌 Nature Communications Physics に掲載されました。
背景
地球と同様に、水星は磁場を持つ岩石惑星として知られていますが、表面での水星磁場の強さは地球の約100分の1です。それにもかかわらず、この磁場は「磁気圏」と呼ばれる宇宙にバリアのような空間を作り出し、太陽風として知られる太陽から吹き出すプラズマ粒子の流れに対する緩衝材として機能します。水星は太陽に非常に近い軌道を回っているため、太陽風と水星磁気圏、さらには惑星表面との相互作用は地球よりもはるかに強いことがわかっています。BepiColomboの主要なミッション目標の一つが、この磁気圏の太陽風に対する応答とその中に含まれる粒子の特性を探ることです。
惑星スイングバイは惑星の重力を利用して探査機の軌道を効率的に変える運用です。スイングバイ時の科学観測は必ずしも行われるものではありませんが、スイングバイ軌道は水星到着後の周回軌道とは異なるため、定常観測時には通ることのできない領域を観測することができます。また、スイングバイ観測は今後の周回軌道における科学観測に対して新たな知見をもたらします。
研究結果
BepiColomboは日欧共同の国際水星探査ミッションであり、2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられ、2026年11月の水星周回軌道投入へむけて現在惑星間空間を航行しています。この航行期間中には探査機の軌道を変える惑星スイングバイが全9回予定されており(地球1回、金星2回、水星6回)、2023年6月20日(日本時間)にBepiColomboは3回目の水星スイングバイを実施し、その最中に搭載装置による科学観測を遂行しました。
BepiColomboミッションはESAが主導する水星表面探査機MPO (Mercury Planetary Orbiter)及びJAXAが主導する水星磁気圏探査機「みお」の2機から成り、周回軌道への投入後は水星を2機で探査するミッションとなっています。
水星に着くまでの航行中は2つの探査機はドッキングされた状態で航行しており、また「みお」は太陽光シールドによって覆われているため、視野が限られ科学観測には大きな制約があります。第3回水星スイングバイは第1回、第2回の水星スイングバイと似た軌道で、水星の磁気圏を約30分で横断し、再接近時には水星表面からわずか235kmの地点を通過しました。
本研究では、「みお」に搭載されたイオン質量分析器(MSA), イオン観測器(MIA), 電子観測器(MEA)とプラズマ粒子の数値シミュレーションを組み合わせることで、観測されたプラズマの起源を特定し、磁気圏内のさまざまな様相を明らかにしました(図1)。
まず、スイングバイの前半で太陽風が自由に流れる領域と磁気圏の間のショック境界を観測しました。これは低緯度境界層と呼ばれる、観測が予測されていた構造でしたが、過去のMESSENGERミッションによる観測から想定されていたより、広範なエネルギーを持つ粒子を観測しました。
また、磁気圏に捕捉された高エネルギーのイオンを赤道平面近くおよび低緯度で観測しました。これらは部分的または完全なリングカレント(環電流)ではないかと考えられています。リングカレントは、磁気圏に捕捉された帯電粒子によって運ばれる電流のことです。地球では、地表から数万キロメートル離れた場所に存在することが知られています。
水星では磁気圏が惑星のサイズに対して小さいため、粒子がどのようにして惑星からわずか数百キロメートル以内に捕捉され続けるのかはまだ明らかではありません。スイングバイ中の観測制約のため、本研究ではリングカレントの詳しい様相まで明らかにするまでは至っていませんが、軌道投入後にMPOと「みお」が周回軌道で観測を行うことにより、より多くの知見をもたらしてくれると考えられます。
また、MSAが特に観測対象とする惑星起源イオンについても観測が行われました。惑星起源イオンは、微小隕石の衝突や太陽風との相互作用などによって水星表面から飛び出した中性粒子がイオン化したものです。惑星起源イオンを観測するということはすなわち惑星表面とプラズマ環境の間のつながりを調査することと同義であるため、本結果を皮切りに今後より多くの観測がなされることが期待されます。
今後の展開
BepiColomboは本研究で示された水星スイングバイを終えたのち、2024年9月5日(日本時間)に4回目の水星フライバイを実施しました。今後は2024年12月および2025年1月に第5回目および6回目の水星スイングバイをそれぞれ実施し、その後は2026年11月の周回軌道への投入へ向かいます。各スイングバイ時に実施された科学観測はチームによって鋭意解析が進められており、まだ水星到着前ではありますが、すでに新しい成果が創出され始めています。
2026年11月に予定される水星周回軌道投入後には2機でそれぞれ観測を行いますが、例えば「みお」が太陽風を観測する間MPOが水星環境を観測するといった2機協働観測計画も綿密に検討されています。加えて、Solar OrbiterやNASAの太陽探査機Parker Solar Probeといった内部太陽圏を探査する探査機との協働観測も多く議論されており、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されています。
本研究で示された第3回水星スイングバイを始め、各水星スイングバイ運用の様子や運用概要、結果の速報などについては、以下のYouTube配信でご覧頂けます。
- BepiColombo「みお」 第1回水星スイングバイ 前夜祭トークライブ〜
- BepiColombo「みお」 第1回水星スイングバイ ライブ中継
- BepiColombo「みお」 第2回水星スイングバイ みお運用室中継&トークライブ
- BepiColombo「みお 」 第3回水星スイングバイ 【第1部:トークライブ(前夜祭)】
- BepiColombo「みお 」 第3回水星スイングバイ 【第2部:運用ライブ中継】
- BepiColombo「みお」 第3回水星スイングバイ 【第3部:トークライブ(後夜祭)】
- BepiColombo「みお」 第4回水星スイングバイ ライブ中継
論文情報
原題: "Mercury's plasma environment after BepiColombo's third flyby"
雑誌名:Nature Communications Physics
DOI:10.1038/s42005-024-01766-8