20230126_1.jpg

(Credit: ESA/ATG medialab)

研究・論文情報

宇宙航空研究開発機構が欧州宇宙機関と共同で推進するBepiColomboミッションは、第二回金星スイングバイ観測を2021年8月10日に行いました。宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所をはじめとする、フランス宇宙物理惑星科学研究所、イタリア宇宙物理惑星科学研究所、ブラウンシュヴァイク工科大学(ドイツ)、プラズマ物理学研究所(フランス)、レスター大学(英)、インペリアルカレッジロンドン(英)、マックスプランク太陽系研究所(ドイツ)、宇宙大気環境観測研究所(フランス)、オーストリア宇宙物理学研究所、スウェーデン宇宙物理学研究所、アメリカ航空宇宙局、京都大学、大阪大学、金沢大学からなる国際研究チームによってその観測データが詳細に解析され、予想よりも太陽風プラズマが金星大気へと侵入できないことを示しました。これまでの研究では、太陽活動極小期には太陽風が惑星近くまで侵入しやすくなり金星大気へ直接エネルギー注入が起きると考えられていました。しかし今回の観測結果はこれまでの予想よりも高高度で太陽風が堰き止められることを示しており、太陽風プラズマとの衝突による金星電離圏へのエネルギー注入は起こらないことが観測的に示唆されました。太陽風から金星環境への直接のエネルギー注入の有無は、金星のように惑星スケールの磁場をもたない惑星における大気流失量に大きく影響を与え、ひいては長期的大気進化に影響を及ぼすと考えられています。

本研究成果は、2022年12月15日にSpringerが発行する学術誌Nature Communicationsに掲載されました。

背景

BepiColomboは日欧水星探査ミッションであり、2018年10月にフランス領ギアナより打ち上げられ、2025年12月の水星周回軌道投入へむけて現在惑星間空間を航行しています。この航行期間中には探査機の軌道を変える惑星スイングバイが全9回予定されています(地球1回、金星2回、水星6回)。2021年8月10日にBepiColomboは2回目の金星スイングバイを実施し、その最中に搭載装置による科学観測を遂行しました。

太陽系内の惑星は、太陽から吹き付ける太陽風と呼ばれる高速のプラズマ流にさらされています。惑星が地球のように全球的な固有磁場を持つか否か、また厚い大気を有するか否かに依り、太陽風と惑星環境間の相互作用の様相とそれが惑星大気の進化に与える効果は異なります。金星は、地球のような全球的な固有磁場や火星のような残留磁場を持たない一方で厚い大気を保有する惑星として知られており、太陽風は惑星大気(電離圏)と直接作用してエネルギーを注入できると考えられています。磁場をもたずシンプルな系をなす金星は、太陽風から非磁化惑星環境へのエネルギー移動を理解するのに最適な自然の実験場といえます。

太陽風の流れにおいて、太陽系内の惑星はその流れを阻害する障害物と言えます。特に非磁化惑星である金星では太陽風磁場が金星に巻きついて誘導磁気圏が形成され、金星周辺で減速された太陽風は、磁気シースとよばれる主に太陽風プラズマで占められた領域を形成します(図1)。この磁気シース内の太陽直下点近傍では太陽風の動圧と金星電離圏の熱圧が最大となり、かつ太陽風速度が最も低くなる(滞留する)ため、プラズマが高い温度に達します。すなわちこの太陽直下点付近の滞留領域こそが、太陽風が磁気シース領域から金星大気へと、金星圏の境界を超えてエネルギーを注入できる領域であるといえます。

図1

図1:金星周辺のプラズマ環境とBepiColomboのスイングバイ軌道を示す概略図 (Credit: Thibaut Roger/Europlanet)

一方、磁気シースの振る舞いを説明する数々のガス力学モデルがこれまで提唱・改良されてきましたが、それらの観測的根拠とされてきた過去の金星周回探査機PVO (Pioneer Venus Orbiter)や VEX (Venus Express)の観測データはプラズマ観測器や探査機の軌道による制約が大きく、エネルギー授受を理解するために最も重要な太陽直下点付近の磁気シースを詳細に観測できていませんでした。

また、ガス力学を理解するために重要なもう一つのポイントに太陽活動度があります。太陽活動度極小期には紫外線が少なくなり、惑星大気の最上部である電離圏を構成する惑星由来イオンの密度が低くなります(導電度が低下)。過去の観測は太陽活動度が極大期に行われたため、導電性の低い電離圏の場合にどのような力学的相互作用が太陽直下点近傍で起こるかはこれまで明らかになっていませんでした。

研究成果

BepiColomboの2回目の金星スイングバイでは、その前日に金星スイングバイを行ったESAの太陽探査機Solar Orbiterが金星と太陽の間で太陽風を観測しているという位置関係にあり、太陽風の情報をSolar Orbiterのデータから得つつBepiColomboで観測された金星誘導磁気圏内のデータを解析するという、金星においては希少な、2つの探査機による観測を実現することができました。

BepiColomboミッションはESAが主導する水星表面探査機MPO (Mercury Planetary Orbiter)及びJAXAが主導する水星磁気圏探査機「みお」の2機から成り、歴史上初めて地球以外の惑星に2つの探査機を一度に送りこむという画期的なミッションです。水星に着くまでの航行中は2つの探査機はドッキングされた状態で航行しており、また「みお」は太陽光シールドによって覆われているため、視野が限られるなど科学観測には大きな制約があります。しかしながら、惑星フライバイ中には搭載装置の多くを立ち上げて観測を試み、第2回金星フライバイにおいては、これまで実現されなかった太陽活動度極小期における磁気シース内の太陽直下点近傍領域のプラズマ観測に成功しました。

太陽活動度極小期の金星では、通常より電離圏の導電性が低くなり太陽風磁場の巻きつきが弱まるため、太陽風が金星圏との境界を横切ってエネルギーを直接電離圏に注入しやすいと考えられてきました。この注入されたエネルギーは電離圏イオンの加速を招き、それにより電離圏イオンがより多く流出することを意味します。しかしながら、太陽風がどの程度金星圏に侵入できるかは未だ観測的に明らかになっていません。

本研究では、 BepiColomboによって得られた結果と Solar Orbiterミッションや数値計算モデルと組み合わせることによって、世界で初めて太陽活動度極小期における滞留領域を観測し、太陽風がどこまで侵入しているかを観測的に明らかにしました。BepiColomboの観測にはMPO搭載の磁力計(MPO-MAG)、イオン観測器(MIPA)、「みお」搭載の電子観測器(MEA)、イオン観測器(MIA及びMSA)、中性大気観測器(ENA)が用いられました。また、太陽風の情報にはSolar Orbiterに搭載された磁力計(MAG)およびイオン観測器(PAS)が用いられ、データ解析の補助として3次元の数値計算モデルLatHySが用いられています。

金星スイングバイ中、BepiColomboは金星の夜側から接近し、夕方付近で金星に最接近したのちに太陽直下点領域を観測して太陽風へと抜けていく軌道を取りました(図1)。BepiColomboによる観測結果を金星誘導磁気圏内の観測領域とともに示したものが図2です。BepiColomboはまず13:30UTより横腹の磁気シースを観測し、13:53-13:55UTにソニックライン領域(亜音速から超音速に速度が戻る)を通過しました。その後、滞留領域を経て金星磁気圏バウショックを通過し、太陽風に抜ける様子を観測しました。

太陽直下点近傍の通過時にはBepiColomboはおよそ1900kmと高高度におり、これまでのモデルでは滞留領域は観測し得ないはずでした。しかし、今回のプラズマ観測データによって、そのような高高度でも滞留領域が広がっていることが確認されました。

図2

図2:2回目の金星スイングバイ時にBepiColombo搭載装置が取得した金星周辺プラズマ環境の観測結果 (出典論文Fig. 3を一部改変

本研究の科学的意義

滞留領域が理論予測以上に広がっているという観測事実は、太陽風が予想より早く減速されることを意味し、太陽風が金星圏内に侵入しにくいということを示唆しています。太陽風が金星圏内に侵入できない場合、衝突による直接のエネルギー注入が起こり得ず、予測されていたより金星電離圏イオンはエネルギーを得ないことを意味します。太陽活動極小期には比較的太陽風が金星圏内に侵入しやすく、直接エネルギーを電離圏に注入できると考えていた場合と比較すると、受け渡されるエネルギーが少ない場合は加速される電離圏イオンが減るためこれまで予想されてきたよりも大気流出が減る可能性があり、ひいては長期的な大気進化の理解へと影響を与えると考えられます。太陽活動極小期における滞留領域の観測は初であり、本観測結果に基づく理論モデルの更新が期待されます。

地球の双子星でありながら惑星由来の磁場に伴う複雑性がない金星は、大気がどのように進化したか、すなわちどこでどのようにどれだけ太陽風からエネルギーを得ているか、そしてそれがどのようなプロセスを経て行われているか、という科学的課題に地球と比較しつつアプローチする上で非常に重要な惑星です。国際的にも金星探査計画が相次いで採択され、2020年代末~2030年代初頭の打ち上げに向けてNASAがDAVINCI+及びVERITAS、ESAがENVISIONを進めていますが、どの計画にも金星プラズマ環境の探査は含まれていません。本研究は制約の多い惑星スイングバイにおいても貴重な金星プラズマ環境の観測を遂行し、重要な観測事実を提示できることを証明したと言えます。

今後の展開

BepiColomboは本研究で示された金星スイングバイを終えたのち、2021年10月及び2022年6月とすでに2回の水星スイングバイを行なっており、第3回目が2023年6月に予定されています。水星スイングバイ時には史上初の本格的水星磁気圏プラズマ観測(電子・イオンの同時観測)も実施しており、すでにチームによって解析が進められています。水星は太陽に近いために探査機を送り込むことが容易ではなく、NASAの水星探査機MESSENGERが過去唯一の水星周回探査機ですが、より多くの観測機器を搭載したBepiColomboミッションによってMESSENGERでは得られなかった新しい成果が生まれつつあります。

2025年12月に予定される水星周回軌道投入後には2機でそれぞれ観測を行いますが、例えば「みお」が太陽風を観測する間MPOが水星環境を観測するといった2機協働観測計画も綿密に検討されています。加えて、Solar OrbiterやNASAの太陽探査機Parker Solar Probeといった内部太陽圏を探査する探査機との協働観測も多く議論されており、太陽での活動がその周囲の空間にどのように影響を与えるのかという観点からの、広く太陽圏と惑星圏・惑星磁気圏観測をつなぐ太陽圏システム探査の推進が期待されています。

論文情報

原題:BepiColombo mission confirms stagnation region of Venus and reveals its large extent
雑誌名:Nature communications
DOI:10.1038/s41467-022-35061-3