20200805_1.gif

雲が全球を覆う金星において、巨大な「雲の不連続面」が地面から高度50km付近を時速約330kmの速さで駆け巡っていることがわかりました。この現象は、太陽系内で初めて観測された現象です。35年もの間、気づかれていなかったこの現象に関する研究成果は、地球惑星科学の学術専門誌 Geophysical Research Letters に掲載されています。

金星はその大きさ・質量が地球と似ていることから、しばしば地球の双子星と呼ばれます。しかし、その大気や環境は地球とは全く異なっています。金星の地表は太陽系の惑星の中で最も暑く、鉛をも溶かす465℃の高温に達します。さらに、地表では90気圧にもなる大気はほとんどが二酸化炭素であり、その中に硫酸の液滴からなる分厚い雲が浮かんでいます。金星ではスーパーローテーションと呼ばれる東風が惑星全体で常に吹いており、高度約70 kmの雲頂では四日で一周するほどの速さを持ちます。金星の環境では、太陽系の他の惑星には見られないさまざまな現象が観測されます。

本研究で報告された惑星規模の現象は、高度48から56 kmの「下部雲層」で見つかりました。金星大気では、紫外線で見えるY字模様や、長波赤外線で見える10,000 kmにもおよぶ弓型の地形固定重力波模様などの巨大なパターンが現れることが知られています。これらはいずれも雲頂付近に見られる現象です。一方、今回は、より低い高度の現象を捉えることに成功しました。これは、中・下部雲層における諸現象を観測することを主目的とした「あかつき」搭載のIR2カメラによる観測データのおかげです。

「雲の不連続面」は金星赤道をはさみ、時に南北の緯度およそ30度まで7000 km以上に及ぶほど大きく発達します。さらに惑星を五日で一周回る速さ(時速約330 km)で移動していることもわかりました。この高度におけるスーパーローテーションは、およそ七日で一周回る速さです。不連続面の移動速度はこれより速いので、大気そのものの移動とは考えられません。つまり、五日で一周するような速さで伝わる何らかの波動であることを示唆しています。以前「あかつき」のIR2カメラで発見された赤道ジェットは5日で一周回るほどの速さになることがありますが、永続的な風ではありません。

今回の発見は、雲頂よりも低い大気中に初めて発見された惑星規模の波動現象です。中・下部雲層や大気は、金星地表を加熱する強い温室効果に大きく寄与しており、その領域における惑星規模の波動の発見は、いまだ謎に包まれている金星地表と大気の相互関係の理解に貢献するものと期待されます。

この研究を主導した、Javier Peralta氏(元JAXA インターナショナル・トップ・ヤング・フェロー)は、「この不連続構造は高度70 kmに感度のある紫外線画像には見られません。発見した下部雲層の巨大な構造が波動であることを確認できたのは大変に意味のあることです」と語っています。「下層大気から運動量とエネルギーを運んでくる波が雲頂へ達する前に消散する、その証拠をついに捉えたと言えるのではないでしょうか。それが事実であれば、波が運んできた運動量はその場所の大気に与えられることになります。すなわち、長年の謎であった金星スーパーローテーションに寄与し得る現象である、ということになります。」

「雲の不連続面」は金星の雲が光を透過する割合や雲粒子の空間分布を大きく変える領域として、今回発見されました。さらに意外だったのは、過去に得られた画像を1983年までさかのぼって調べたところ、同じような構造が認められたことです。すなわち、この巨大な構造は、何十年にもわたる準永続的構造ということになります。しかし、どのようにしてこの準永続的現象が発生するのかについては、コンピュータシミュレーションも行われていますが、まだ分かっていません。「これまで誰も、そして他の惑星においても見られたことのない新しい気象現象です。そのため、この現象に関する確固たる物理解釈はこれからです。しかし、これは金星大気の謎というパズルを解く重要なピースのひとつであり、「あかつき」の観測はそれを明らかにしました。」とPeralta氏は話します。

検証は今後の研究に委ねられますが、ケルビン波がこの巨大な雲の不連続現象に関与しているのではないかというのが、現時点で有力な説です。ケルビン波は大気重力波のひとつで、赤道地方で大きな振幅となり流れの下流(スーパーローテーションと同じ向き)へ伝わるという特徴を持ち、それが観測された現象と一致しています。ケルビン波が存在すると他の波(例えば、中緯度で、流れの上流へ伝わるロスビー波)と相互作用し、そのとき生じる不安定を介してスーパーローテーションの運動量を赤道へ運びます。ケルビン波は金星の気象現象を理解するために興味深い存在なのです。あかつきの紫外カメラのデータから見出された熱潮汐波によるスーパーローテーションの維持メカニズム(JAXAプレスリリース2020年4月24日)に加え、ケルビン波も重要な役割を果たしている可能性があります。

ハワイにあるIRTF(NASA's Infrared Telescope Facility) や、カナリア諸島にあるNOT(the Nordic Optical Telescope) を用い、金星周回軌道にいる「あかつき」と連携した追観測が行われています。金星の観測データが集まることで、さまざまな疑問が解決してゆくことが期待されます。

巨大な「雲の不連続面」が下部雲層(地面から高度50km付近)を駆け巡っている様子

巨大な「雲の不連続面」が下部雲層(地面から高度50km付近)を駆け巡っている様子。「あかつき」搭載のIR2カメラで2016年8月25日から28日に取得された画像を重ねた画像。2016年3月から2018年12月までの長期間にわたる変化を一連の小さな画像で示す。クレジット:PLANET-C Project Team, NASA, IRTF

20200805_3.gif

論文情報

論文タイトル: A Long‐Lived Sharp Disruption on the Lower Clouds of Venus

著者: J. Peralta T. Navarro C. W. Vun A. Sánchez‐Lavega K. McGouldrick T. Horinouchi T. Imamura R. Hueso J. P. Boyd G. Schubert T. Kouyama T. Satoh N. Iwagami E. F. Young M. A. Bullock P. Machado Y. J. Lee S. S. Limaye M. Nakamura S. Tellmann A. Wesley P. Miles

掲載誌: Geophysical Research Letters

DOI: https://doi.org/10.1029/2020GL087221