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日本の宇宙開発のはじまり
内之浦の登場
ラムダの苦悩と栄光
初期のミューと宇宙科学
M-3S2とハレー彗星探査
M-3S2の惑星たち
はじまった大型の国際協力
究極の個体ロケットをめざして
M-Vの衛星たち
たくましき仲間たち
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AVSAと糸川構想
同志の結集
百万の味方
輝かしい始まり
ある新聞記事
昔の人は偉かった
ペンシルの時代
国分寺のペンシル
千葉のペンシル
荻窪のペンシル
道川の「発見」
ペンシルの斜め発射
ベビーの時代
ベビーロケットの飛翔
ミシシッピ河の水先案内
決死の匍匐(ほふく)前進
科学者の風流
ロケットのように走る男
八艘跳び
カッパのひのき舞台
ロケット・シリーズの名称
カッパ・ロケットのスタート
一難去ってまた一難
カッパ6型の完成
メーカーの苦労
全国行脚
発射場の条件
襟裳岬から種子島まで
内之浦に現れた糸川
現地の期待
調査の開始とおはぎ
糸川の根回し
内之浦のロケット発射場
内之浦浮上
新しい実験場の起工式
K-8-10ロケット
内之浦実験場の建設工事
すわUFO!
悪路を克服して
観測ロケットとしてのラムダ
『人工衛星計画試案』
バーから実験場へ直行
因縁の始まり
L-3Hロケット
挑戦・挫折・停滞
無誘導打上げ方式とは
初めての挑戦
2度目の挑戦
3度目の挑戦
宇宙・漁業問題の発端
鹿児島方式
軌道への跳躍
一歩後退、二歩前進
4度目の挑戦
栄光のラムダ
衛星「おおすみ」
なつかしき計算機
「おおすみ」の最期