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M-3SII──宇宙科学の仕掛人ロケット

M-3SII-1号機

M-3SII-1号機

M組立室に並べられたM-3SIIの各段モータ

M組立室に並べられたM-3SIIの各段モータ

惑星間空間に挑むためのキックモータ

惑星間空間に挑むためのキックモータ

ハレー探査機を運ぶロケット、M-3SII型の開発が始まった。M-3Sに続くこの第4世代のミュー、M-3SIIロケットでは、M-3Sの第1段だけをそのまま使い、補助ブースタ・第2段・第3段はいずれも新たに設計・製作された。

開発は秋葉鐐二郎が計画主任となって進められ、毎月最終土曜日にチーフ会議が開かれ、進捗(しんちょく)状況と問題点が検討された。合計41回にも及ぶこの会議に並行して、無数の小グループの会議が持たれ、ドキッとするような報告やその対策はまずこちらで議論された上でチーフ会議にかけられた。それぞれの班のチーフには、取って置きの話がいくつもあるに違いない。

開発は1981年度から開始され、実機サイズのロケット・モータについて、8度にわたる地上燃焼実験が能代ロケット実験場において行われた。そして補助ブースタの切り離し等のテストのため、試験機ST-735-1号機の打上げなど数多くの試験が実施された。

M-3SIIロケットは、1985年初頭のハレー探査試験機「さきがけ」の打上げでデビューした。ミューは世界の宇宙開発史上初めての「固体燃料ロケットによる地球脱出」という偉業を成し遂げたのだった。

M-3SII型ロケットはさらに、超新星からのX線を初めてキャッチした「ぎんが」、宇宙から見た美しいオーロラの紫外像を届けた「あけぼの」、太陽系の中を自在に動き回る技術を獲得した「ひてん」、激しく活動をつづける太陽の姿をX線で捉えた「ようこう」、銀河誕生の謎に迫り字宙論に重要な一石を投じた「あすか」など、華々しい衛星群を登場させ、日本の宇宙科学を世界の第一線に送る一流の産婆役となった。

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