概要

リターンサンプルの分析は地質情報が存在することで、隕石などの分析とは一線を画します。しかし、たまたま訪れた小惑星の一部から持ち帰った試料から、小惑星の全体像の理解につながる貴重な情報が得られることを期待していいのでしょうか?このような懸念に対し、チームではすべての情報を駆使した解析を実行することを決断していました。そのために、大きさ1 キロメートルのリュウグウ全体の観測、ローバーでの表面多地点観察、着地運用時のセンチメートル、ミリメートルサイズ粒子の観察、リターンサンプルの観察といったさまざまな長さスケール(マルチスケール)でおこなう観察や分析は、探査機データとサンプル分析をシームレスにつなぐものとして、「はやぶさ2」探査では重点的におこなわれてきました。今回、リュウグウ表面粒子のCAM-Hによる観察やMINERVA-II1ローバーによる多地点での観察と、クリーンチャンバー内のリターンサンプルの観察といったマルチスケール観測の結果をあわせて、リターンサンプルがリュウグウを代表する粒子であること、リュウグウ表面には平板状粒子が存在し、それらが持ち帰られたことが示されました。また、サンプラーシステムが正常に作動し、5 gのサンプルが持ち帰られたことも確認されました。

マルチスケール観測・分析

「はやぶさ2」は大きさ1 キロメートルの小惑星リュウグウを探査し、表面の詳細な画像や物質情報を取得し、センチメートルからミリメートルサイズの粒子を持ち帰り、現在は原子レベルまでの分析が進んでいます。さまざまなスケール(マルチスケール)で得られる結果を総合して、数十億キロメートル・46億年というさらに大きな時空間スケールの太陽系の歴史を紐解きたいというミッションです。特に、サンプルリターン探査で持ち帰られるサンプルは、探査機が対象天体の素性を明らかにして、地質情報とともに回収されるという点で、地上で回収され、その起源がはっきりしない地球外物質とは一線を画し、本ミッションによって初めて、C型小惑星がどういう元素や物質でできているのかが明らかになることが期待されます。

CAM-Hがつなぐリュウグウとリターンサンプル

リターンサンプルの分析をするにあたって、探査機がリュウグウで観察したものと回収試料とを比較し、持ち帰られた試料がリュウグウを代表するものかどうかを明らかにすることが重要となります。今回、サンプル採取時に探査機が光学航法カメラや小型モニタカメラCAM-Hで撮影した画像や、リュウグウ上を跳ね回ったMINERVA-II1ローバーの画像を解析し、クリーンチャンバー内での回収試料の撮影画像と比較することで、回収試料の代表性を検討しました。このマルチスケールでの解析には、皆様からのご寄附により実現したCAM-Hが大活躍しました。

CAM-Hの画像を確認すると、探査機が着地して弾丸を発射し、上昇を始めた直後にサンプラホーンの下部から、センチメートル、ミリメートルサイズの粒子が多く飛び出してくることがわかります。一部の粒子はCAM-Hに向かって飛び出し(図1)、これらの粒子の放出角度や速度は地上での弾丸発射実験や数値シミュレーションで予測されるものとよく合い、弾丸がリュウグウ表面で発射されたことがわかります。画像中の粒子の量からも5 gのサンプル採取は弾丸発射によるものであるとわかりました。

図1

図1 (左・中央)1回目の着地2秒後、3秒後のCAM-H画像。サンプラホーン下部から、矢印をつけた粒子がCAM-Hに向かって飛んでくるのがわかる。(右)2回目の着地2秒後のCAM-H画像。白矢印の粒子はロケット結合リング ※1 に映る影からcmサイズであることがわかる (Credit: JAXA)

持ち帰られた花吹雪

二回の着地後の上昇時にCAM-Hが撮影した画像には、リュウグウ表面の粒子が、探査機上昇時のガス噴射で舞い上がった様子が写っています。これらの粒子は「花吹雪」のようだと形容されることもありました。ひとつひとつの花吹雪を複数の画像で追い、67個の粒子の形状を解析しました。花吹雪には凹凸のはっきりした粒子と、凹凸が少なくなめらかな粒子の二種類が存在することがわかりました。これは探査機や着陸機MASCOT ※2 がリュウグウ表面の岩石に発見したものと同様で、着地点付近の粒子はリュウグウ表面の岩石とよく似たものがあることを示唆します。また、花吹雪には平たく細長い粒子が複数(67粒子のうち17粒子)存在することも明らかになりました(図2)。平たく細長い粒子は、二回の着地どちらでも観測され、リュウグウ表面に典型的に存在する粒子であるとわかります。

図2

図2 1回目の着地後、探査機上昇中のCAM-H画像。左画像の白丸上の粒子は画面右から左に回転しながら移動し、1秒後の画像(右)では平坦な形状を見せる (Credit: JAXA)

このような平たい粒子形状は、光学航法カメラで着地直前に撮られた画像にも確認できる他、 MINERVA-IIA1ローバーが撮影したリュウグウ表面にも岩が割れて、平たい粒子が取れそうな状態も見つかり(図3)、リュウグウ表面を代表する形状のひとつであることがわかります。さらにはリターンサンプルにも平たく細長い粒子が含まれていることもキュレーションチャンバー内での粒子観察から判明しました(図3)。二回目の着地で採取された1 cmに近いサイズをもつ粒子C0002 ※3 もそのひとつです(図3)。

図3

図3 (左)MINERVA-II1 Rover-1A「イブー」が撮影したリュウグウ表面。イブー自身の影も中央に映る。左上に平板状に割れそうな岩が見える (Credit: JAXA)(右)二回目の着地で採取された1 cm級の粒子C0002 (Credit: JAXA)

リュウグウを代表する粒子への期待

リュウグウ表面および着地点付近の画像解析、リターンサンプルの初期記載から、「はやぶさ2」サンプラーは正常に作動し、リュウグウ表面を代表する粒子を持ち帰ることに成功したことが明らかになりました。現在進められているリュウグウ試料の詳細分析の結果も、リュウグウを代表する粒子から得られるものであり、リュウグウの全体像を明らかにすることが期待されます。その先には、太陽系探査の問いのひとつにもなっている太陽系の起源や進化、地球への水や有機物の供給といった問いへの答えが待っていることを期待したいと思います。

用語解説

※1 ロケット結合リング
「はやぶさ2」を打ち上げロケットに結合するためのリング状構造体

※2 着陸機MASCOT
DLR(ドイツ航空宇宙センター)とCNES(フランス国立宇宙研究センター)によって共同開発され、「はやぶさ2」に搭載された小型着陸機

※3 粒子C0002
二回目の着地で採取された粒子。一番長い方向で1 cm弱のサイズで、初期分析チームによる詳細分析が進められている

論文情報

原題:Pebbles and sand on asteroid (162173) Ryugu: in situ observation and particles returned to Earth
雑誌名 Science, 2022年2月10日(木)14時(米国東部時間)
DOI:10.1126/science.abj8624

主著者名・所属:橘 省吾(東京大学 大学院理学系研究科 宇宙惑星科学機構/JAXA宇宙科学研究所)
共著者澤田弘崇2, 岡崎隆司3, 高野淑識4, 坂本佳奈子1,2, 三浦弥生5, 岡本千里6, 矢野創2, 山ノ内真司3, P. Michel7, Y. Zhang7, S. Schwartz8,9, F. Thuillet7, 圦本尚義10, 中村智樹11, 野口高明3,12, 薮田ひかる13, 奈良岡浩3, 土`山明14,15, 今栄直也16, 黒澤耕介17, 中村昭子6, 小川和律18, 杉田精司1, 諸田智克1, 本田理恵19, 亀田真吾20, 巽瑛理1,21, 長勇一郎1, 吉岡和夫1, 横田康弘2, 早川雅彦2, 松岡萌, 坂谷尚哉20, 山田学17, 神山徹22, 鈴木秀彦23, 本田親寿24, 吉光徹雄2, 久保田孝2, 出村裕英24, 矢田達2, 西村征洋2, 与賀田佳澄2, 中藤亜衣子2, 吉武美和2, 岩前絢子25,26, 古屋静萌1,2, 畠田健太朗25, 宮崎明子2, 熊谷和也25, 岡田達明2, 安部正真2,27, 臼井寛裕2, T. R. Ireland28, 藤本正樹2, 山田亨2, 荒川政彦6, H. C. Connolly, Jr.29,8, 藤井淳2, 長谷川直2, 平田成24, 平田直之6, 廣瀬史子30, 細田聡2, 飯島祐一2, 池田人2, 石黒正晃31, 石原吉明18, 岩田隆浩2,27, 菊地翔太2,17, 北里宏平24, D. S. Lauretta8, G. Libourel7, B. Marty32, 松本晃治33,34, 道上達広35, 三枡裕也2, 三浦昭2,27, 森治2, K. Nakamura-Messenger36, 竝木則行33,34, A. N. Nguyen36, L. R. Nittler37, 野田寛大33,34, 野口里奈,2,38, 尾川順子18, 大野剛30, 尾崎正伸2,27, 千秋博紀17, 嶋田貴信18, 嶌生有理2, 白井慶2, S. Soldini39, 高橋忠輝40, 武井悠人2,30, 竹内央2,27, 月崎竜童2, 和田浩二17, 山本幸生2,27, 吉川健人30, 湯本航生1, M. E. Zolensky36, 中澤暁2, 照井冬人2#, 田中智2,27, 佐伯孝尚2, 吉川真2,27, 渡邊誠一郎41, 津田雄一2,42

[1] 東京大学大学院理学系研究科 宇宙惑星科学機構/地球惑星科学専攻
[2] JAXA宇宙科学研究所
[3] 九州大学
[4] 海洋研究開発機構
[5] 東京大学地震研究所
[6] 神戸大学
[7] コート・ダジュール天文台(フランス)
[8] アリゾナ大学(アメリカ)
[9] Planetary Science Institute(アメリカ)
[10] 北海道大学
[11] 東北大学
[12] 京都大学
[13] 広島大学
[14] 立命館大学
[15] 中国科学院(中国)
[16] 国立極地研究所
[17] 千葉工業大学
[18] JAXA国際宇宙探査センター
[19] 高知大学
[20] 立教大学
[21] ラ・ラグーナ大学カナリア天体物理研究所(スペイン)
[22] 産業技術総合研究所
[23] 明治大学
[24] 会津大学
[25] 株式会社マリン・ワーク・ジャパン
[26] 東洋大学
[27] 総合研究大学院大学宇宙科学専攻
[28] クイーンズランド大学(オーストラリア)
[29] ローワン大学(アメリカ)
[30] JAXA研究開発部門
[31] ソウル大学校(韓国)
[32] ロレーヌ大学(フランス)
[33] 国立天文台
[34] 総合研究大学院大学天文科学専攻
[35] 近畿大学
[36] NASAジョンソン宇宙センター(アメリカ)
[37] カーネギー研究所(アメリカ)
[38] 新潟大学
[39] リバプール大学(イギリス)
[40] 日本電気株式会社
[41] 名古屋大学
[42] 東京大学
☨物故者
‡ CS Group(フランス)(現職)
§ Laboratoire d'Etudes Spatiales et d'Instrumentation en Astrophysique(フランス)(現職)
# 神奈川工科大学(現職)