概要

始原的な隕石を分析することから地球を生命惑星とした太陽系形成期のプロセスを理解する努力がなされてきた。C型小惑星は炭素に富む小天体であることが、望遠鏡観測から推定され、始原的な隕石の母天体であると考えられてきたが、物的証拠はなかった。2020年12月にJAXAは小惑星探査機「はやぶさ2」によりC型地球近傍小惑星リュウグウの表層2箇所から計5.4gの試料を持ち帰った。持ち帰られた試料のサイズ・重量・可視/近赤外反射スペクトル分析を進めた結果、帰還試料は現地での撮像観測から知ることができた小惑星全体の特徴を反映しており、水・有機物に富む始原的な特徴を持つことが明らかになった。既知の隕石と比較すると、最も太陽の組成と近い始原的な隕石と似ているが、より暗く、比重が小さいという特徴を持つことが分かった。「はやぶさ2」は、その由来が明快であり、かつ、太陽系初期の情報を雄弁にもたらす試料を帰還させたと言うことができよう。今年6月に開始された初期分析では、より詳細な分析が行われており、試料が太陽系形成論を進展させる潜在能力がより明らかになることが期待される。

背景

これまでの始原的な隕石の研究で、初期太陽系の物理・化学的な環境について多くの物質科学的な証拠が得られてきた。しかし、隕石はその起源天体が不明である為、起源天体の軌道進化などから初期太陽系から現在の太陽系に到るプロセスを辿る事が困難であった。また、小惑星の地上観測と実験室での隕石の光学特性分析からC型小惑星が炭素質コンドライトの起源天体であると推定されてきたが、その直接的な証拠は得られていなかった。

人類初のC型小惑星からのサンプルリターン

JAXA小惑星探査機「はやぶさ2」(2014年12月打ち上げ)は、はやぶさ2プロジェクト運用チームにより2019年2月と7月にC型地球近傍小惑星リュウグウの表層2箇所でタッチダウン試料採取をおこない、2020年12月に再突入カプセルにて試料を収めたコンテナをオーストラリアウーメラ制限地域に帰還させた。着陸した再突入カプセルを回収した後、ウーメラの施設内に設営されたクリーンブースに持ち込み、ガス採集システムによりコンテナ内のガスサンプル採取を行った。その後、試料コンテナは真空密封された状態で空路で日本に持ち帰られた。JAXA地球外試料キュレーションセンターのクリーンルームに持ち込まれた試料コンテナは、外部の不要部品の取り外し・清掃を経た後、はやぶさ2帰還試料用クリーンチェンバーに持ち込まれ、真空環境で開封された。JAXA地球外物質研究グループによりコンテナから試料が収められたサンプルキャッチャーを取り出し、世界で初めて真空環境で第1回採取試料を収めたキャッチャーA室の開封・一部試料採取を実施した。その後、試料の大半を収めたサンプルキャッチャーは別のチェンバーに移動して、高純度窒素雰囲気に置き換えられた後、キャッチャーは全体重量が秤量され、風袋重量を取り除いた、キャッチャー内の帰還試料の総重量は5.4gだった。

リュウグウ帰還試料のサイズ・密度分布

その後、キャッチャーは分解されてA室、B室、C室から専用サファイヤガラス製容器への試料の回収が行われた。容器ごと回収試料の秤量を行った結果、A室試料の総重量が3.2g、C室試料が2.0gだった。試料を回収された容器ごと光学顕微鏡撮影を行い、更にフーリエ変換赤外分光分析装置(FT-IR)及び近赤外ハイパースペクトル顕微鏡(MicrOmega)により試料全体の近赤外反射スペクトルを取得した。更に、主に東京大学のグループにより、はやぶさ2探査機のONCT※1 カメラと同じ6波長帯の可視光反射スペクトル撮像が可能なカメラで試料全体の可視分光スペクトルデータを取得した。

回収試料全体の初期記載を終えた後、真空ピンセットで個別にリュウグウ粒子を小さいサファイヤガラス製容器に拾い出し、全体試料と同様の初期記載を行った。個別リュウグウ粒子の顕微鏡観察の結果、粒子を楕円近似した場合の長短軸の平均を粒径としたサイズ分布をA室、C室、全体(A室+C室)でまとめて図示する(図1)。縦軸は粒子の累計個数で、横軸の粒径と共に対数表示になっている。このプロットにおいて、サイズ分布を示す左上がりの直線の傾きが急であるほど、サイズが小さい粒子が多い分布になっていることを意味する。A室とC室のサイズ分布を比較すると、A室の方が傾きが急で、よりサイズ分布が細かいことが分かった。個別リュウグウ粒子全体(A+C室)のサイズ分布を探査機「はやぶさ2」リュウグウ全球表面に分布する岩塊や着陸リハーサルなどで接近した際の画像から求められた一部地域の岩石のサイズ分布と比較すると、帰還粒子の方が急で、サイズ分布が細かいことが分かった。この傾向が、元々のリュウグウ表層レゴリス粒子の特徴か、サンプリングやその後のプロセスで細粒化やサイズ分別が起きた事によるものかは分からない。

図1

図1 (Yada et al. 2021)

更に、個別リュウグウ粒子の顕微鏡画像から算出した3軸平均粒径を元に不定形粒子の体積推定式を用いて求めた推定体積と、それら粒子の秤量値から計算された、個別リュウグウ粒子の全体密度の分布をプロットしたのが図2である。A室とC室の分布に大きな差は無く、その平均値は1282kg/m3だった。太陽系の平均組成に最も近い炭素質コンドライト2 (CIコンドライト3 )の全体密度が2120kg/m3で、最も密度が低い隕石であるTagish Lake隕石の全体密度が1660kg/m3なので、既知のどの隕石よりも密度が小さいことがわかった。仮にリュウグウ試料の粒子密度をCIコンドライトと同等と仮定すると、そこから求められるリュウグウ粒子の空隙率は46%となり、探査機の赤外撮像カメラTIR※4 の観測から推定された空隙率(30~50%)の範囲内に収まり、観測結果とも矛盾しない。

図2

図2 (Yada et al. 2021)

リュウグウ帰還試料の光学特性

FT-IRで得られたA室及びC室試料全体の赤外反射スペクトルについて、波長2.0µmから4.0µmの傾きで標準化した反射率の比を縦軸に取ったプロットを図3(a)に、縦軸を生の反射率として、はやぶさ2探査機の赤外分光観測装置(NIRS3)※5 によるリュウグウ全球の観測値と共にプロットしたグラフを図3(b)に示す。図3(a)で示すとおり、A室及びC室全体試料共に2.72µmに大きな吸収の特徴が見られる。これはOH基を持つ鉱物が豊富に存在していることを意味し、典型的な含水鉱物である層状ケイ酸塩鉱物の存在を示唆している。また、3.4µm付近に浅い吸収が見られ、この吸収は有機物中のC-H結合もしくは炭酸塩鉱物の存在を示唆している。3.1µm付近に僅かな吸収が見られ、1Ceresなどの小惑星で見られる、NH結合を含む化合物の存在を示唆している。顕微鏡観察でコンドリュール6 やカルシウムーアルミニウムに富む包有物(Ca-, Al-rich inclusions, CAI)※7 などの高温包有物が見られないという特徴と合わせて考えると、リュウグウ試料は隕石の中では最も太陽系の平均元素組成に近い特徴を持つCIコンドライトに最も近いと考えられる。また、図3(b)で示すとおりNIRS3によるリュウグウ全球の赤外反射スペクトルと帰還試料を比較すると、大きな2.72µmの吸収や2%という非常に低い反射率を示すなどの特徴が良く一致し、帰還したリュウグウ試料が、小惑星リュウグウの全体的な特徴を反映する代表的な試料であることが分かった。

図3(a)

図3(a) (Yada et al. 2021)

図3(b)

図3(b) (Yada et al. 2021)

図4にA室及びC室全体試料の可視分光カメラによる6波長帯の反射スペクトルを、探査機はやぶさ2搭載可視分光カメラ(ONC-T)によるリュウグウ全球の観測データと、実験室における炭素質コンドライトの測定データと共に示す。測光条件はすべて入射角30度、出射角0度で揃えてある。リュウグウ観測データとA室及びC室全体試料のスペクトル・反射率は同等であり、赤外反射スペクトルと同様、帰還試料が小惑星リュウグウ表層の代表的な試料であることを示している。また、帰還試料は参考に示している様々な炭素質コンドライトよりも暗く、平坦な特徴を示しており、最も特徴が似ているCIコンドライトよりも暗いという点で異なっている。

図4

図4 (Yada et al. 2021)

リュウグウ帰還試料の初期記載から分かったこと

以上の初期記載の結果をまとめると、帰還したリュウグウ試料はリュウグウ表層試料の代表的な試料であり、可視・近赤外スペクトルの特徴や顕微鏡観察の結果から高温包有物が見られない点などから既知の隕石ではCIコンドライトに最も似ているが、密度が小さいこと、反射率が低い点では異なっていることが明らかになった。今後、引き続いて行われるより詳細な分析、すなわち、初期分析・2次キュレーション分析、公募分析に対して参照となる情報を提供することが出来た。この初期記載成果は今後の国内外のサンプルリターンミッションに対しても、キュレーションとして初期にどこまでしなければいけないのかということについての標準とすべき、好例となった。

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参考 図1 (Yada et al. 2021)

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参考 図2 (Yada et al. 2021)

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参考 表1 (Yada et al. 2021)

 

キーワード:はやぶさ2、リュウグウ、C型小惑星、サンプルリターン、炭素質コンドライト、サイズ分布、密度、赤外反射スペクトル、可視分光スペクトル

用語解説

※1 ONC-T
探査機はやぶさ2搭載の多バンド可視カメラ。6つの波長域(ul: 0.39µm, b: 0.48µm, v: 0.55 µm, Na: 0.59 µm, w: 0.70 µm, x: 0.85 µm)での撮像が可能で、可視分光スペクトルを取得できる。

※2 炭素質コンドライト
地球に落下する隕石の4%を占める、有機炭素に富む始原的な隕石。

※3 CIコンドライト
炭素質コンドライトの一種で、隕石の中で最も太陽系の平均元素組成(太陽)に近い組成を持つ。

※4 TIR
探査機はやぶさ2搭載の中間赤外カメラ。熱赤外波長域の撮像が可能で、小惑星表面の温度分布を調べる事が出来る。

※5 NIRS3
探査機はやぶさ2搭載の赤外分光計。小惑星表層の赤外反射スペクトルを取得することで、その鉱物、水、有機物などの分布を調べる。

※6 コンドリュール
始原的隕石中に見られる、サイズが0.1〜数mmの球状包有物。コンドリュールを含む始原的隕石をコンドライトと呼ぶ。一般的に後述のCAIより100万年程度若い形成年代を示す。

※7 CAI
始原的隕石中に見られる、サイズが0.1〜10mm超で主にカルシウムやアルミニウムの酸化物などの高温凝縮鉱物から構成される白色の不定形包有物。始原的隕石中の包有物では最も古い、45.67億年前の形成年代を示す。

論文情報

原題:Preliminary analysis of the Hayabusa2 samples returned from C-type asteroid Ryugu.
雑誌名: Nature Astronomy, 2021年12月21日(日本時間)
DOI:10.1038/s41550-021-01550-6

主著者名・所属:矢田 達(宇宙科学研究所地球外物質研究グループ)
共著者:安部正真1,2, 岡田達明1,3, 中藤亜衣子1, 与賀田佳澄1, 宮崎明子1, 畠田健太朗1,4, 熊谷和也1,4, 西村征洋1, 人見勇矢1,4, 副島広道1,4, 吉武美和1,X, 岩前絢子1,4,Y, 古屋静萌1,3, 上椙真之1,19, 唐牛譲1,20, 臼井寛裕1, 林佑1, 山本大貴1, 深井稜汰1, 杉田精司3, 長勇一郎3, 湯本航生3, 矢部佑奈3, Jean-Pierre Bibring5, Cedric Pilorget5, Vincent Hamm5, Rosario Brunetto5, Lucie Riu1,5, Lionel Lourit5, Damien Loizeau5, Guillaume Lequertier5, Aurelie Moussi-Soffys6, 橘省吾3, 澤田弘崇1, 岡崎隆司7, 高野淑識8, 坂本佳奈子1, 三浦弥生3, 矢野創1, Trevor R. Ireland9, 山田哲哉1, 藤本正樹1, 北里宏平10, 竝木則行11, 荒川政彦12, 平田成10, 圦本尚義13, 中村智樹14, 野口高明15, 薮田ひかる16, 奈良岡浩7, 伊藤元雄17, 中村栄三18, 上杉健太朗19, 小林桂18, 道上達広21, 菊地紘1, 平田直之12, 石原吉明20, 松本晃治11, 野田寛大11, 野口里奈1,22, 嶌生有理1, 白井慶1,12, 小川和律20, 和田浩二23, 千秋博紀23, 山本幸生1, 諸田智克24, 本田理恵25, 本田親寿10, 横田康弘1, 松岡萌1,26, 坂谷尚哉27, 巽瑛理3,28, 三浦昭1, 山田学23, 藤井淳1,29, 廣瀬史子30, 細田聡史1, 池田人30, 岩田隆浩1,2, 菊地翔太1,23, 三枡裕也1, 森治1, 尾川順子1,20, 大野剛30, 嶋田貴信1,20, Stefania Soldini1,31, 高橋忠輝1,32, 武井悠人1, 竹内央1, 月崎竜童1, 吉川健人30, 照井冬人1,33, 中澤暁1, 田中智1,2,34, 佐伯孝尚1, 吉川真1,2, 渡邊誠一郎24, 津田雄一1,2

[1] 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所
[2] 総合研究大学院大学(総研大)
[3] 東京大学
[4] 株式会社マリン・ワーク・ジャパン
[5] パリ・サクレー大学 宇宙天体物理学研究所(フランス)
[6] フランス国立宇宙研究センター
[7] 九州大学
[8] 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
[9] クイーンズランド大学(オーストラリア)
[10] 会津大学
[11] 国立天文台
[12] 神戸大学
[13] 北海道大学
[14] 東北大学
[15] 京都大学
[16] 広島大学
[17] 海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所
[18] 岡山大学惑星物質研究所
[19] 財団法人高輝度光科学研究センター(SPring-8)
[20] 宇宙航空研究開発機構(JAXA)国際宇宙探査センター
[21] 近畿大学
[22] 新潟大学
[23] 千葉工業大学
[24] 名古屋大学
[25] 高知大学
[26] パリ天文台(フランス)
[27] 立教大学
[28] カナリア天体物理学研究所(スペイン)
[29] 宇宙技術開発株式会社
[30] 宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発本部
[31] リバプール大学(イギリス)
[32] 日本電気株式会社
[33] 神奈川工科大学
[34] 東京大学 柏キャンパス
[X] 特許庁(現職)
[Y] 東洋大学(現職)