衛星「あらせ」が解き明かした巨大宇宙嵐による放射線帯の変化
概要
地球の周囲には、人工衛星に障害を引き起こすこともある高エネルギー電子が集まる「放射線帯」が存在します。その内側には、数百万電子ボルト以上の超高エネルギー電子がほとんど入り込めない「破れない壁」があると考えられてきました。しかし、巨大宇宙嵐の際にも、この壁は本当に破られないのでしょうか。これまで、巨大宇宙嵐に伴う高エネルギー電子の増加は報告されていましたが、高エネルギー電子が外側から運ばれたのか、その場で加速されたのかは分かっていませんでした。
今回、国際研究チームは、ジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG)による2024年5月の巨大宇宙嵐の観測データを解析しました。高エネルギー電子、磁場、プラズマ波動、電子密度を組み合わせた観測により、「破れない壁」の内側で電子の位相空間密度が局所的に増加し、数百万電子ボルトの電子がその場で加速されたことを明らかにしました。また、この加速には、宇宙の自然電波である「コーラス波」が重要な役割を果たしたと考えられます。
本成果は、極端な宇宙天気の下では、これまで安定と考えられていた地球近傍でも高エネルギー電子が生み出されることを示すものであり、将来の宇宙放射線環境の予測に新たな知見をもたらします。
1. 研究の背景:なぜ「破れない壁」は存在するのか?
地球の周囲には、地球の磁場に捕らえられた高エネルギーの電子やイオンからなる「放射線帯(ヴァン・アレン帯)*1」が広がっています。特に数百万電子ボルト(MeV)以上のエネルギーを持つ電子は、人工衛星の電子機器に障害を引き起こす可能性があり、その発生や変動を理解することは、宇宙科学と宇宙天気予報の重要な課題です。
放射線帯の外側の領域では、太陽活動に伴う磁気嵐によって電子の量が大きく増減することが知られています。一方、地球に近い領域では、超高エネルギー電子がほとんど存在せず、宇宙嵐が発生しても、その内側には容易に入り込めないことが観測から示されてきました。この境界は「インペネトラブル・バリア(破れない壁)*2」と呼ばれ、2014年にその存在が報告されました。
この壁が存在する背景には、地球近傍の磁場構造による電子の輸送の抑制や、低温で高密度のプラズマが存在する「プラズマ圏*3」内での電子の散乱・消失があると考えられています。一方、2003年の巨大宇宙嵐では、この壁の内側で高エネルギー電子が増加したことが、低高度衛星の観測から報告されていましたが、磁気赤道付近における電子の分布や加速環境を十分に把握できず、どういったときに壁の中で増えるのか、またそのメカニズムは何かはわかっていませんでした。
2. 研究の内容:「あらせ」の複合観測が明らかにした電子加速
この謎を解く鍵となったのが、ジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG)です。「あらせ」は2016年12月に打ち上げられ、放射線帯の電子を幅広いエネルギー範囲で観測するとともに、電子の加速や消失を引き起こすプラズマ波動、磁場、プラズマ密度を観測しています。本研究では、2024年5月に発生した2003年以来最大級の巨大宇宙嵐に注目しました。この宇宙嵐は、日本各地でオーロラが見えたことでも大きな話題になった現象です。
「あらせ」に搭載された超高エネルギー電子分光器(XEP)、磁場観測器(MGF)、プラズマ波動・電波観測器(PWE)のデータを組み合わせ、地球近傍の電子とプラズマ環境がどのように変化したのかを調べました。
まず、2017年から蓄積された長期間の観測データを調べたところ、通常の宇宙嵐では「破れない壁」の内側に超高エネルギー電子が現れないのに対し、2024年5月には約3 MeVの電子が壁の内側で著しく増加していることが確認されました。![]()
図1: 衛星「あらせ」が観測した2017年からのプラズマ圏と放射線帯の変動。2024年5月の巨大宇宙嵐では、通常は超高エネルギー電子がほとんど存在しない「破れない壁」の内側で約3 MeVの電子が顕著に増加した。原著論文Figure 1。(Miyoshi et al., 2026 より改変)
さらに研究チームは、電子の単純な増減を見るだけでなく、「位相空間密度*4」という物理量を解析しました。位相空間密度の空間分布を調べることで、外側から電子が運ばれてきた場合と、その場所で電子が加速された場合を区別することができますが、精度よく位相空間密度を導出するには、広いエネルギー範囲で電子を測ること、また磁気赤道に近い場所で電子を測る必要があるなどの条件があります。「あらせ」衛星は、放射線帯電子の位相空間密度を精度よく導出できる数少ない衛星の一つです。
観測された電子データから位相空間密度を導出した結果、宇宙嵐の回復期に、壁の内側の高度約12,000kmの領域で位相空間密度に明瞭なピークが形成され、それが時間とともにその場で増えていくことが分かりました。これは、単に外側から電子が輸送されただけでは説明できず、電子がその場で数MeVまで加速されたことを示す強い証拠です。その後、加速された電子は、その場所を中心により地球側と反地球側の両方向に広がっていきました。
図2: 2024年5月の巨大磁気嵐における電子の位相空間密度の変化。磁気嵐の回復期に L*~3 付近で局所的なピークが形成され、その後、電子が内側と外側の両方向に広がった。原著論文Figure 3。(Miyoshi et al., 2026 より改変)
では、なぜ普段は電子が増えない場所で、このような加速が起きたのでしょうか。「あらせ」は、電子の増加が起こった領域で、宇宙のさえずりと言われる自然電波「コーラス波*5」が強く発生していたことも観測しました。コーラス波は音声信号とほぼ同じ周波数帯で、スピーカーを通すと小鳥のさえずりのような音として聞こえることから、このように名付けられています。このコーラス波は電子と共鳴し、電子を高いエネルギーまで加速することが知られています。今回の巨大宇宙嵐では、地球を取り巻く低温のプラズマ粒子が存在する場所(プラズマ圏)が通常よりもはるかに地球側まで収縮しました。さらに、高度90キロメートルから500 キロメートル付近にある電離圏の電子密度が大きく減少する「負の電離圏嵐*6」によって、このプラズマ圏の回復が通常よりも著しく遅れ、低密度の状態が長期間続きました。その結果、普段は高密度のプラズマに満たされている領域でコーラス波が発生し、電子を効率よく加速できる環境が形成されたと考えられます。「あらせ」衛星によって、電子の位相空間密度、プラズマ密度、コーラス波を同じ衛星で組み合わせて観測できたことが、今回の発見につながりました。
図3: 巨大磁気嵐による地球周辺のプラズマ圏と放射線帯の変化を示す模式図。プラズマ圏の大規模な収縮と負の電離圏嵐に伴う回復の遅れにより、普段は超高エネルギー電子が増加しない領域でコーラス波による加速が起こったことを示す。
3. 成果の意義と今後の展望:宇宙天気の「想定外」を理解する
今回の研究は、「破れない壁」の内側でも、巨大な宇宙嵐の下では超高エネルギー電子がその場で加速され、新たな放射線帯電子の供給源が形成されることを明らかにしました。これは、放射線帯の形成と変動に関する従来の理解を広げる成果です。特に、巨大宇宙嵐が、電離圏とプラズマ圏の変化を起こし、その結果としてコーラス波による電子加速が普段とは異なる場所で促進されるという、複数の物理現象のつながりが重要であることを示しています。
宇宙利用の観点からも、この発見には重要な意味があります。これまで比較的安定と考えられていた地球近傍のジオスペースでも、極端な宇宙天気環境の下では高エネルギー電子が著しく増加する可能性があるためです。このような現象を理解し、予測できるようにすることは、人工衛星の放射線対策や、将来の有人宇宙活動における宇宙環境の評価につながります。これは、現在検討されている極域電磁気圏探査ミッションFACTORSにも共通する科学課題です。
今後は、観測と物理シミュレーションを組み合わせ、どのような条件で壁の内側の電子加速が起こるのか、加速された電子がどこまで広がり、どの程度の期間残るのかを明らかにしていきます。また、電離圏と磁気圏の相互作用が放射線帯電子の変化に与える影響をさらに詳しく調べることで、巨大宇宙嵐に伴う放射線環境の予測精度向上を目指します。
本成果は、宇宙空間で粒子・磁場・プラズマ波動を同時に観測する「あらせ」計画の科学的成果であるとともに、JAXA宇宙科学研究所と名古屋大学宇宙地球環境研究所が共同運営するERGサイエンスセンター(https://ergsc.isee.nagoya-u.ac.jp/)による長期的なデータ整備と公開が支える成果でもあります。長期間にわたる精密な宇宙観測が、発生することが稀な巨大宇宙嵐の際のジオスペースの新たな姿を明らかにしました。
用語解説
*1 放射線帯(ヴァン・アレン帯)
地球磁場に捕らえられた高エネルギーの電子やイオンが分布する領域。特に高エネルギー電子は人工衛星の機器に影響を与えることがある。
*2 インペネトラブル・バリア(破れない壁)
地球半径の約3倍に相当する磁力線の位置付近に存在する、超高エネルギー電子がそれより内側へ入り込みにくい境界。長期間の観測から、その内側では数MeV以上の電子がほとんど増加しないと考えられてきた。
*3 プラズマ圏
地球を取り囲む、低エネルギーで密度の高いプラズマが存在する領域。地球の電離圏から湧き上がってきたプラズマによって構成される。宇宙嵐の際に、その領域が大きく収縮し、その後、数日かけて徐々に回復する。
*4 位相空間密度
粒子の位置や運動状態に対する分布を表す物理量。断熱不変量と呼ばれる量を固定して、位相空間密度の空間分布を比較することで、電子の輸送と局所加速を区別する重要な手がかりとなる。「あらせ」衛星は、この位相空間密度を精度高く導出できる衛星。
*5 コーラス波
磁気圏で自然に発生する電波(プラズマ波動)の一種。スピーカーにつないで音声に変換すると鳥のさえずりのように聞こえることから、宇宙のさえずりとも呼ばれる。電子との共鳴によって高エネルギー電子の加速や散乱を引き起こす。あらせ衛星が観測したコーラス波の音声ファイルは、ERGサイエンスセンターのWebページ(https://ergsc.isee.nagoya-u.ac.jp/index.shtml.ja)にあります。
*6 負の電離圏嵐
宇宙嵐に伴い、高度90キロメートルから500キロメートルにある地球の電離圏における電子密度が通常より減少する現象。磁気圏へのプラズマ供給やプラズマ圏の回復にも影響する。
論文情報
論文タイトル: Local Acceleration of Multi-MeV Electrons Inside Earth's Impenetrable Barrier During the May 2024 Superstorm
著者: Y. Miyoshi, S. Kurita, A. Shinbori, K. Yamamoto, C.-W. Jun, S. Matsuda, S. Saito, R. Kataoka, D. Wang, I. Shinohara, T. Takashima, T. Mitani, N. Higashio, A. Matsuoka, Y. Kasahara, F. Tsuchiya, A. Kumamoto, T. Hori, N. Kitamura, M. Teramoto
ISAS or JAXA所属者: 篠原 育、高島 健、三谷 烈史、東尾 奈々
掲載誌: Geophysical Research Letters, 53, e2026GL125879 (2026)
DOI: 10.1029/2026GL125879
発行日: 2026年10月26日
