三好由純教授(名古屋大学宇宙地球環境研究所、「あらせ」衛星プロジェクトサイエンティスト)を中心とする国際共同研究グループは、宇宙航空研究開発機構の「あらせ」衛星搭載の電磁波および電子観測と、ノルウェーに設置されている欧州非干渉散乱レーダー(EISCAT)、北欧に展開されているオーロラ光学観測、およびコンピューターシミュレーションによる総合研究を行いました。そして、「コーラス」波動と呼ばれる周波数 数キロヘルツの電磁波によって、ジオスペースの広いエネルギー帯の電子が一斉に地球に向かって降り込み、脈動オーロラと呼ばれる明滅オーロラが発生するのと同時に、高度60-80kmに放射線帯の高エネルギー電子が降り込むことで、中層大気中のオゾンが破壊されることを発見しました。

研究概要

1. 背景

北極や南極地方に輝くオーロラは、宇宙空間から数キロ電子ボルトのエネルギーを持った電子が降り込み、高さ100キロメートル付近の大気と衝突して起こる発光現象です。このオーロラの中には、数秒の周期で明滅する「脈動オーロラ」と呼ばれるタイプがあります。この「脈動オーロラ」は、宇宙のさえずりと呼ばれる「コーラス」波動という電磁波が、宇宙空間の電子を散乱させることによって起きていることが、「あらせ」衛星などの観測によって明らかになっています[1][2][3]。一方、地球大気には、数メガ電子ボルトのきわめて高いエネルギーを持った電子が降り込んでくることが知られています。この高いエネルギーの電子は、地球周辺に存在する放射線帯(バン・アレン帯)に存在する電子と考えられており、「キラー電子」とも呼ばれています。本研究グループは、これまで理論的な研究や「れいめい」衛星観測によって、「コーラス」波動によって「脈動オーロラ」が起こるときに、同時に放射線帯の高エネルギー電子が同時に大気へと降りこみ、その結果、高度60-80kmの中間圏と呼ばれる大気の状態が変化することを予言していました[4]

2. 研究の成果

2016年12月に打ち上げられた「あらせ」衛星は、2017年3月末からの科学観測の開始が予定されていました。オーロラや宇宙嵐の活動は、春分と秋分前後に活発になることが知られています。このことをふまえて、「あらせ」衛星の打ち上げ軌道は、ちょうど春分の直後から、「コーラス」波動の出やすいとされるジオスペースの朝側において、科学観測を開始できるように設計されていました。

さらに、「あらせ」衛星の打ち上げ直後から、太陽面にはコロナホールと呼ばれる宇宙嵐の起源となる高速太陽風の発生領域が出現しました。太陽は約27日で自転するため、もしこのコロナホールが長期間太陽面で存在すれば、ちょうど「あらせ」衛星の科学観測開始直後に宇宙嵐が発生することが予想されていました。

このような状況において、定常観測開始直後から「あらせ」衛星とEISCATや地上光学観測との連携観測を実施できるように、事前の様々な国際調整や機器の設置作業も進められていました。EISCATについては、3月末に集中して「あらせ」との連携観測が実現できるように、その実験スケジュールが調整されました。また、日本の研究グループは、3月上旬までオーロラ光学観測機器の設置を行い、3月末の観測に備えていました。

2017年3月27日、予想されていた宇宙嵐が発生し、激しいオーロラ爆発が数日にわたって何度も発生しました。また、「あらせ」衛星も、宇宙空間で活発なコーラス波動や電子やイオンの増減を観測し、多くの科学成果をあげました。「あらせ」衛星の主な科学目標の一つは、「コーラス」波動がバン・アレン帯の高エネルギー電子を作り出すかどうかを明らかにすることです。そのため、「あらせ」衛星は位相空間密度と呼ばれる高エネルギー電子の量の精密な測定を行い、この過程の実証を行いました。図1にその結果を示します。放射線帯の中心部である地球半径の4倍付近を中心に、位相空間密度が数日にわたって増加していることが示されています。これは、「コーラス」波動によって、放射線帯内部でメガ電子ボルトを超えるような高エネルギー電子が作り出されていることを示すものです。

図1

図1 「あらせ」衛星が観測した放射線帯電子の位相空間密度の時間変化。寒色から暖色への色の変化が、宇宙嵐の開始から終盤への時間変化に対応している。終盤になると、地球半径の4倍付近で位相空間密度が増加し、放射線帯の中で高エネルギー電子が作り出されていることを示している。(Miyoshi et al., 2021 より改訂)

この宇宙嵐の期間中、「あらせ」衛星は事前の準備にしたがって、EISCATや光学観測との連携観測を実現しました。本研究では、「あらせ」衛星が観測したジオスペースの電磁波や電子の情報を入力にしたシミュレーションを行い、その結果をEISCATや光学観測などの地上観測と比べるという総合解析を行い、「コーラス」波動と電子の相互作用によって、電子がどのように地球に降り込んでいくかを詳細に研究したものです。

図2に、宇宙空間で「あらせ」衛星が観測した「コーラス」波動と電子のデータを示します。「あらせ」衛星の観測によって、強い強度の「コーラス」波動が出現するとともに、数キロ電子ボルトから数メガ電子ボルトの広いエネルギー帯の電子が存在していることがわかります。「あらせ」衛星による「コーラス」波動の波形観測データと、高いエネルギー分解能を持つ電子観測データによって、このときの電磁波や電子の詳細な動態が調べられました。

図2

 

図2 宇宙空間の様子(あらせ衛星)
上:「あらせ」衛星による宇宙の電子の観測。数十キロ電子ボルトのエネルギーの電子が脈動オーロラを起こす。一方、数百キロ電子ボルト-数メガ電子ボルトのエネルギーの電子は、バン・アレン帯電子。
下:「あらせ」衛星による「コーラス」波動の観測。数百ヘルツから数キロヘルツで見えている強い電波(黄色や赤色)が「コーラス」波動。(Miyoshi et al., 2021 より改訂)

次に、「あらせ」衛星の観測データを入力として、「コーラス」波動と電子の波動粒子相互作用に関するシミュレーションを行い、「コーラス」波動が電子にどのような影響を及ぼすかを調べました。その結果、「あらせ」衛星の観測した「コーラス」波動は、脈動オーロラを起こすような数十キロ電子ボルトのエネルギーから、放射線帯を構成する数メガ電子ボルトまでの3桁以上異なるエネルギー帯の電子を一斉に大気に散乱させることができることが明らかになりました。実際、このとき、地上の光学観測では活発な脈動オーロラが観測されており、このシミュレーションの正しさが実証されました。

もし、シミュレーションが示すような数メガ電子ボルトの放射線帯電子が大気に降り込むと、通常オーロラが光っている高度100km付近を突き抜け、さらに下層の中層大気(中間圏)まで突入して、その場の大気を電離することが予想されます。この過程を検証するために、本研究ではEISCATのデータの分析を行いました。EISCATは、高度60km以上の電子密度の高度プロファイルを測定することで、どの高度まで電子が降り込んできたかを特定することができます。図3に、EISCATが観測した電子密度の高度依存性を示します。分析の結果、このとき中間圏の下部、高度60km付近まで電子が降り込んできていたことが明らかになりました。さらにEISCATの観測をもとにしたインバージョン計算からは、大気に降ってきた電子のエネルギースペクトルを推定することができます。その結果は、「あらせ」衛星の観測を入力にした波動粒子相互作用のシミュレーションが示すエネルギースペクトルと一致するもので、「あらせ」衛星が観測した宇宙空間の電磁波や電子が、脈動オーロラや中層大気の電離を引き起こしていることが実証されました。

図3

図3 超高層・中層大気の様子
上:EISCAT VHFレーダーによる高さ60kmから120kmまでの電子の観測。色が赤いほど、電子の量が多く、宇宙から電子が降ってきていることを示している。
下:高さ60kmから120kmまでのオゾンの変化(コンピューターシミュレーション)。宇宙からの電子の降り込みによって、高さ80km付近のオゾンの量が10%以上減少していることがわかる。(Miyoshi et al., 2021 より改訂)

さて、このように中層大気に放射線帯の高エネルギー電子が降り込むと、中層大気ではどのような変化が起こるのでしょうか? 本研究では、EISCATの観測データを入力とした高度20kmから150kmまでの大気化学に関するシミュレーションを行いました。図4に示すように、放射線帯の電子の降り込みに伴って、脈動オーロラが光っている高さ100kmよりもさらに低い高度(約80km)において、その高度のオゾンが10%以上減少することが明らかにされました。つまり、「あらせ」衛星が観測した「コーラス」波動によって、脈動オーロラが起こるとともに、さらに下の高度ではオゾンの破壊が進行していたのです。

図4

図4 本研究の概要:宇宙空間で「あらせ」衛星が「コーラス」波動と放射線帯電子の観測を行い、地上では EISCATと光学観測によって、「脈動オーロラ」と中間圏への電子降り込みの観測を行った。(Credit: ERG science team)

3. 成果の意義

本研究は、「あらせ」衛星、EISCAT、地上光学観測の連携観測と、数値シミュレーションの総合解析によって実現したものです。本研究によって、宇宙空間で「コーラス」波動が発生すると、広いエネルギー帯の電子が地球大気に散乱され、脈動オーロラが発生すると同時に、放射線帯の電子によって中層大気中のオゾンが破壊されることが明らかになりました(図5)。中層大気のオゾンの破壊は、気候変化にも影響を及ぼすことが指摘されている重要な過程です。本研究の成果は、宇宙からの電子の降り込みが、中層大気、引いては気候変化にも影響を及ぼす可能性を示唆する重要なものです。

図5

図5 脈動オーロラとバン・アレン帯電子が超高層大気、中層大気に同時に降りこんでくる様子。(Credit: 脈動オーロラプロジェクト )

脈動オーロラは、オーロラ爆発に伴って起こる普遍的な現象で、ほぼ毎日発生しています。宇宙からの荷電粒子の降りこみに伴うオゾンの破壊過程として、太陽面での爆発(フレア)に起因して発生する太陽高エネルギー粒子の中層大気への降りこみが知られていますが、太陽高エネルギー粒子の降りこみの頻度はそれほど高くはありません。もし、脈動オーロラに伴って高い頻度でオゾン破壊が起きているとすると、その影響は、太陽高エネルギー粒子に起因するオゾン破壊と比較して、無視できないものとなることが予想されます。今回明らかにされた、脈動オーロラに伴う放射線帯電子の降り込みが、どのくらいの頻度で発生しているかはまだ明らかになっておらず、今後の継続した研究による評価が重要となります。また、脈動オーロラに伴うオゾン破壊が、全球の中層大気に及ぼす影響は、全球大気モデル等を用いた評価が必要となります。

2023年度より、国立極地研究所、名古屋大学などが参加する国際科学協会によって、次世代の大型大気レーダーEISCAT_3Dが北欧で運用を開始し、「あらせ」衛星との連携観測も予定されています。高い感度を持つEISCAT_3Dレーダーと「あらせ」衛星との連携観測によって、宇宙からの放射線帯電子の降り込みによるオゾンの破壊過程の詳細、引いては宇宙空間の環境変化が地球大気に及ぼす影響が明らかになることが期待されています。

関連リリース

[1] 明滅するオーロラの起源をあらせ衛星が解明 (2018年2月15日)
[2] 宇宙空間のコーラス、オーロラとして出現(2019年1月21日)
[3] 宇宙の電磁波の「さえずり」がオーロラの「またたき」を制御(2020年3月5日)
[4] オーロラの明滅とともに、宇宙からキラー電子が降ってくる(2020年11月12日)

用語解説

中層大気
成層圏と中間圏、および熱圏底部を含む領域であり、高度15km付近から100km付近までをさす。中層大気は、湿潤過程(雲など)や電磁現象(オーロラなど)を含むことなく扱える領域となる。

中間圏
高度45kmから85km付近に存在する大気の層であり、成層圏(高度15-45km)と熱圏(85km以上)の間に位置する。

論文情報

雑誌名: Scientific reports (Nature Research)

論文タイトル:
Penetration of MeV electrons into the mesosphere accompanying pulsating aurorae (脈動オーロラに伴って起こるメガ電子ボルトのエネルギーを持つ電子の中間圏への貫入)

著者:
三好 由純 名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授
細川 敬祐 電気通信大学 教授
栗田 怜  京都大学 准教授
大山 伸一郎 名古屋大学宇宙地球環境研究所 講師
小川 泰信 国立極地研究所 准教授
齊藤 慎司 情報通信研究機構 研究員
篠原 育 宇宙航空研究開発機構 准教授
Antti Kero フィンランド・ソダンキラ地球物理学研究所 スタッフ
Esa Turunen フィンランド・ソダンキラ地球物理学研究所 名誉教授
Pekka Verronen フィンランド・フィンランド気象研究所 スタッフ
笠原 慧 東京大学 准教授
横田 勝一郎 大阪大学 准教授
三谷 烈史 宇宙航空研究開発機構 助教
高島 健 宇宙航空研究開発機構 教授
東尾 奈々 宇宙航空研究開発機構 主任
笠原 禎也 金沢大学 教授
松田 昇也 宇宙航空研究開発機構 特任助教
土屋 史紀 東北大学 准教授
熊本 篤志 東北大学 准教授
松岡 彩子 京都大学 教授
堀 智昭 名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任准教授
桂華 邦裕 東京大学 助教
小路 真史 名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任助教
寺本 万里子 九州工業大学 助教
今城 峻 京都大学 助教
C-H. Jun 名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任助教
中村 紗都子 名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任助教

DOI 10.1038/s41598-021-92611-3