ジオスペース探査衛星「あらせ」とヴァン・アレン・プローブ衛星、地上観測網の協調観測によって、ヴァン・アレン帯を構成する高エネルギー電子が、宇宙空間のどこでエネルギーを獲得しているか、その場所を特定することに初めて成功しました。

地球を取り囲むように存在するヴァン・アレン帯には、エネルギーが非常に高い電子が大量に捕捉されています。ヴァン・アレン帯は、その広がりや高エネルギー電子の密度が激しく変動します。時には、増加した高エネルギー電子が人工衛星の故障を引き起こす場合もあります。人工衛星の運用を含め、人間が地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)で安全に活動するためには、ヴァン・アレン帯がどのように変動するのか、すなわち、電子がどこでエネルギーを獲得するのかを理解しなければなりません。電子がエネルギーを獲得するメカニズムの一つとして、ジオスペースの地球磁場が乱れることに伴って、比較的広い領域で電子がエネルギーを獲得するというものがあります。この説は観測結果を説明できますが、電子がどの領域でエネルギーを獲得するか、具体的にはわかっていませんでした。

本研究成果は、ジオスペースにおける高エネルギー電子の増加についての予測精度を向上させ、人工衛星の安定運用に貢献することが期待されます。

この研究成果は、2019年11月5日に米国地球物理連合の速報誌 "Geophysical Research Letters" 電子版に掲載されました。


地球周辺の宇宙空間には、数百keV〜数十MeVの高いエネルギーを持つ電子が集まる「ヴァン・アレン帯」という領域があります。ヴァン・アレン帯は、その広がりも高エネルギー電子の数も、地球磁場の活動に応じて激しく変動しています。高エネルギー電子は時に人工衛星などに障害を引き起こすことから、ヴァン・アレン帯の変動メカニズムを知ることは、地球を取り巻く環境を理解するというだけでなく、人間の宇宙活動においても非常に重要です。

図1

図1:太陽風とジオスペースの解説図。(c)ISAS/JAXA

ヴァン・アレン帯の高エネルギー電子が増加するメカニズムの一つに、地球磁場の振動に伴って発生する電場によって、東向きに運動している電子がエネルギーを獲得するというものがあります。ただ、どのくらい広がった領域で電子がエネルギーを受け取ることができるのかは、明らかではありませんでした。電子がどのような領域でエネルギーを獲得するかを調べるためには、様々なエネルギーの電子の密度や運動、ヴァン・アレン帯での電場と磁場を計測できる機器を搭載した複数の人工衛星で、経度方向に離れた場所で、同時に観測を行う必要があります。このような観測は、本研究まで行われなかったため、電子がエネルギーを獲得する領域の広がりを調べることが出来なかったのです。

寺本万里子(九州工業大学)率いる国際研究チームは、電子がエネルギーを獲得する場所を特定するため、ジオスペース探査衛星「あらせ」(注1)、ヴァン・アレン・プローブ衛星(注2)、地上磁場観測網の協調観測を行いました。この協調観測により、宇宙空間の異なる場所で、高エネルギー電子と磁場の同時観測が実現したのです。

図2

図2:ヴァン・アレン帯の電子が加速される場所をあらせ衛星とVan Allen Probes衛星で特定。(c)ERG Science Team

研究チームは、2017年3月30日、あらせ衛星が朝側に位置していた時に、あらせ衛星に搭載された超高エネルギー電子分析器(XEP, 注3)が計測した高エネルギー電子のフラックス(単位時間あたり、単位面積を通る電子の量)が、6時30分から6時40分の間、周期的に増減していたことに気がつきました。このとき、あらせ衛星の磁場観測器(MGF, 注4)、電場観測器(PWE, 注5)による計測データによると、電磁場は変動していませんでした(図1)。もし、電子がヴァン・アレン帯の広い領域でエネルギーを獲得したのであれば、あらせ衛星は、電子フラックスの変動と同時に電磁場の変動も検出したはずです。電子フラックスのデータをよく見ると、エネルギーの低い電子のフラックス変動は、より高いエネルギーをもつ電子のフラックス変動よりも遅れて観測されていました。エネルギーの高い電子のほうが、速く移動できるため、エネルギーの違いによってタイムラグがあるということは、電子がエネルギーを獲得した領域は、あらせ衛星の観測場所から離れたところであることを示しています。

図3

図3:あらせ衛星によるヴァン・アレン帯電子と電場・磁場の観測。(上段)XEPが観測した電子の量の変動を示している。色は観測している電子エネルギーの違い。550keVー3000keVで3サイクルの周期的な変動が見られる。エネルギーの高い変動の萌芽低いエネルギーの変動に比べ、早いタイミングで観測されていることがわかる。(中段)MGFが観測した磁場3成分。(下段)PWEの電場計測器(Electric Field Detector, EFD)が観測した電場二成分。電場・磁場には電子の量に見られるような周期的な変動は観測されていない。

一方、同時刻に夕方側に位置していたヴァン・アレン・プローブ衛星では、電子フラックスの変動と磁場の変動が共に観測されました(図2)。さらに、ヴァン・アレン・プローブ衛星の観測では、高いエネルギーの電子フラックスの変動と低いエネルギーの電子フラックスの変動の時差は、あらせ衛星が観測した時差よりも短いものでした。すなわち、ヴァン・アレン・プローブ衛星の観測は、電子がエネルギーを獲得した場所のより近くだったことを意味しています。

図4

図4:ヴァン・アレン・プローブ衛星による電子と磁場の観測データ。(上段)電子の量の変動を示している。470keV−2550keVで3サイクルの周期的な変動が見られる。(下段)磁場三成分。最下段に示されている磁場成分では、周期的な変動が観測されている。

夕方側の狭い領域で電子はエネルギーを獲得したという観測データの解釈は、モデル計算でも確かめることができました。電子がどこでエネルギーを獲得すれば、XEPが計測した電子フラックスの変動の時間差を説明できるのかをモデルを用いて調べると、電子フラックスの変動は夕方側で起こったという結果が得られました
さらに、地上観測網によって地磁気の変動を調べたところ、夕方側にある領域で地磁気の変動が観測されました。このことは、電子のエネルギー獲得に関わる地磁気の変動は夕方側の限られた領域であることがわかりました。

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図5:本研究成果の解説図。地球の磁場の変動によって電子が極めて多くのエネルギーを獲得する領域は夕方側に限られていることがわかった。

このように、宇宙空間での観測とモデル計算、地上観測網の観測結果は、電子がエネルギーを獲得する領域は夕方側の比較的狭い領域であることを整合的に示しています。これまで、電子がエネルギーを獲得する領域は、地球周辺の経度方向に大きく広がっていると考えられてきました。本研究は、これまでの説を覆し、電子は夕方側の限られた領域でエネルギーを獲得することを明らかにしたのです。

本研究では、あらせ衛星が朝側、ヴァン・アレン・プローブ衛星が夕方型に位置する場合の観測結果を解析しました。研究チームは今後、解析を増やし、地球磁気の変動に伴って、電子がエネルギーを獲得する領域がどの程度広がっているのかをさらに詳しく明らかにする計画です。また、研究チームでは、観測結果をヴァン・アレン帯モデルに適用し、モデルをより現実的なものに近づける計画も進めています。このようにして、ヴァン・アレン帯の変動の予測精度が向上すれば、私たちの生活に関わっている人工衛星が、ヴァン・アレン帯の電子によって故障してしまうリスクを回避することにつながります。

用語解説

(注1) ジオスペース探査衛星「あらせ」:2016年12月20日、JAXA内之浦宇宙空間観測所からイプシロンロケット2号機で打上げられた。

(注2) ヴァン・アレン・プローブ衛星:2012年8月30日、 NASAが打ち上げたヴァン・アレン帯観測衛星。双子とも言える2機の衛星が少し離れた場所で観測することにより、ヴァン・アレン帯の変動を観測する。

(注3) XEP: 「あらせ」に搭載された超高エネルギー電子分析器(Extremely High-Energy Electron Experiment)。400keVから20MeVのエネルギーをもつ電子を計測することができる。

XEP

(c) ISAS/JAXA

 

(注4) MGF:「あらせ」に搭載された磁場観測器(Magnetic Field Experiment)。宇宙嵐中に3°よりも良い精度で磁場変動が得られる観測機器。

(注5) PWE:「あらせ」に搭載された電場観測機(Plasma Wave Experiment)。DCから10 MHzまでの周波数帯の電場と数 Hzから100 kHzまでの周波数帯の磁場を計測。

MGF, PWE

(c)ISAS/JAXA

研究チーム

寺本 万里子 九州工業大学工学部
堀 智昭 名古屋大学宇宙地球観測研究所 
齊藤 慎司 情報通信研究機構(NICT)
三好 由純 名古屋大学宇宙地球観測研究所 
栗田 怜 名古屋大学宇宙地球観測研究所 
東尾 奈々 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
松岡 彩子 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
笠原 禎也 金沢大学総合メディア基盤センター
笠羽 康正 東北大学大学院理学研究科 
高島 健 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
野村 麗子 国立天文台 
能勢 正仁 名古屋大学宇宙地球観測研究所
藤本 晶子 九州工業大学情報工学部 
田中 良昌 国立極地研究所 
小路 真史 名古屋大学宇宙地球観測研究所 
津川 靖基  名古屋大学宇宙地球観測研究所 
篠原 学 鹿児島工業専門学校 
篠原 育 宇宙航空研究開発機構(JAXA)
J.B. Blake エアロスペースコーポレーション 
J.F. Fennell エアロスペースコーポレーション 
S.G. Claudepierre エアロスペースコーポレーション 
D. Turner エアロスペースコーポレーション 
C. A. Kletzingアイオワ大学
D. Sormakov ロシア北極・南極研究所
O. Troshichev ロシア北極・南極研究所

本研究は、日本学術振興会、科学研究費補助金(17H06140、15H05815、15H05747、16H06286、19K03948)の補助により行われました。

論文情報

雑誌名:Geophysical Research Letters

タイトル:Remote detection of drift resonance between energetic electrons and ULF waves: Multi-satellite coordinated observation by Arase and Van Allen Probes.

著者:M. Teramoto, T.Hori, S. Saito, Y. Miyoshi, S. Kurita, N. Higashio, A. Matsuoka, Y. Kasahara, Y. Kasaba, T. Takashima, R. Nomura, M. Nosé, A. Fujimoto, Y. -M. Tanaka, M. Shoji, Y. Tsugawa, M. Shinohara, I. Shinohara, J.B. Blake, J.F, Fennell, S.G. Claudepierre, D. Turner, C. A. Kletzing, D. Sormakov, and O. Troshichev.

DOI:10.1029/2019GL084379