─ 宇宙空間を伝わる波がイオンを温め、温められたイオンが別の波を作りだす現場の観測に成功 ─

地球や惑星周辺の宇宙空間には希薄ながらもイオンや電子が存在します。これらのイオンや電子はエネルギーの低いものから高いものまで様々な状態で存在することが知られていますが、なぜこのような多様性が生まれるのかは分かっていません。そこでは、電波とイオン・電子との相互作用が鍵であると考えられています。私たちは「あらせ」衛星の観測データに新しい解析手法を適用することで、その典型的な事例、すなわち、宇宙空間に存在する磁気音波と呼ばれる電波がイオンを温め、さらに、温められたイオンがまったく別のイオン波 (電磁イオンサイクロトロン波) と呼ばれる電波を新たに作り出している証拠を見つけ出すことに成功しました。磁気音波はエネルギーの高いイオンによって生成されると考えられています。また、作り出されたイオン波は相対論的な速度を持つ超高エネルギー電子と相互作用できると考えられており、バン・アレン帯の電子の一部を散乱によって消失させる効果を持っています。今回の発見は、エネルギーや起源が異なるイオン・電子が電波を介してエネルギーをやり取りする過程の一端を実証的に観測したもので、宇宙空間に存在するイオン・電子のエネルギーの多様性の説明につながる重要な成果です。

研究概要

  • 宇宙航空研究開発機構の浅村和史准教授らの研究グループは、「あらせ」衛星の観測データを詳細に解析し、宇宙空間で磁気音波と呼ばれる電波がイオンを温めることで、全く別の電波 (電磁イオンサイクロトロン波) にエネルギーを注入している証拠を得ることに成功しました。
  • 瞬間瞬間のイオンの速度や運動方向と電波の向きや強さを詳細に対応づけてゆく「波動粒子相互作用解析」の手法を新たに開発し、「あらせ」衛星のイオンと電波の観測データに適用することで、イオンと電波の間で受け渡されているエネルギー流量と受け渡しの方向を導出しました。
  • 本研究は、宇宙空間ではほとんど衝突が起きず、そのままではイオン・電子の間でエネルギーのやり取りが行われないにもかかわらず、多様なエネルギーを持ったイオン・電子が同じ領域に同時に存在している理由の一つとして考えられている、電波を介したエネルギーの流れの観測に成功したものです。今後、様々な種類の電波とイオン・電子への適用が可能になれば、宇宙空間におけるエネルギーの分配や循環過程の理解につながるものと期待されます。

地球・惑星周辺の宇宙空間にはイオンや電子などが存在しているものの、その量は希薄で、衝突はほとんど起きません。このため、あるエネルギーを持ったイオンが存在しても、そのままでは他のイオンや電子にエネルギーを与えることができません。一方、図1のように、例えば地球周辺の宇宙空間 (ジオスペース) では、低エネルギーイオンや電子が豊富に存在するプラズマ圏、10-100キロ電子ボルト程度の熱い粒子で主に形成されるリングカレント域、また相対論的な超高エネルギー粒子が捕捉されているバン・アレン帯などが重なり合うように存在しています。そして、それぞれの領域は構成する粒子が大幅な増減を繰り返したり、領域の形状が変化するなど、ダイナミックに変動しています。これらの変動の理由を説明するためには領域間のエネルギー輸送を考える必要があり、電波を介したエネルギーの流入・流出が輸送メカニズムの候補となっています。

図1

図1: 地球をとりまく宇宙空間 (ジオスペース) に存在するイオン・電子の様々な領域 (Credit: Ebihara and Miyoshi (2011))

「あらせ」衛星は、バン・アレン帯を構成する超高エネルギー電子が生成・消滅を繰り返すメカニズムを、直接観測によって解明することを目的の一つとして打ち上げられました。そのため、低エネルギーの粒子から超高エネルギーの粒子まで広いエネルギー範囲を精密に観測できるよう、得意なエネルギー範囲が異なる多数の観測機器を搭載するなどの工夫がなされています。また、電波についても周波数に応じた多数の受信機を用意し、広い周波数範囲をカバーしています。私たちは、この、精密観測が可能な「あらせ」衛星の特性を利用し、イオンと電波の間のエネルギーのやり取りを観測的に導出する新たな手法の開発に取り組みました。

私たちが開発した解析手法は「波動粒子相互作用解析」と呼ばれる手法で、電波とイオンの運動を詳細に対応づけることで、電波とイオンがやり取りするエネルギー量を明らかにするものです。例えば、ある瞬間に電波を構成する電界と同じ向きに運動する正イオンは電界によって加速されるため、電波からエネルギーを受け取ることになります。逆に電波の電界と反対方向に運動する正イオンは減速されることとなり、結果的に電波にエネルギーを渡して電波強度を高めることになります。実際にはイオンや電子は多数存在するため、電波からエネルギーを得る粒子もエネルギーを渡す粒子も存在します。しかし、粒子の運動方向の分布に偏りがあると、全体的には電波から粒子、または粒子から電波へのエネルギーの流れが発生することになり、これが正味のエネルギー流量となります。

私たちは「あらせ」衛星に搭載された低エネルギーイオン質量分析器 (LEPi) と波動観測器 (PWE)、磁場観測器 (MGF) の 15.6ミリ秒毎の観測データを用い、観測タイミング、イオンのエネルギー、そして運動方向ごとに整理されたデータ一つ一つと、同じタイミングで観測された電波の電界との対応を取ってゆきました。図2は2018年2月10日17:37 UTC ころに観測された電波の周波数スペクトル (図2(A)) と水素イオンのエネルギースペクトル (図2(B))を示しています。詳しい解析により、図2(A) の11Hz 付近のピークは磁気音波と呼ばれる電波で、2Hz 付近のピークは電磁イオンサイクロトロン波と呼ばれる電波であることが分かりました。また、図2(B) から17:37~17:38 UTCにかけて 0.1キロ電子ボルト程度の冷たい水素イオンのフラックスが増大していることが分かります。

図2

図2: (A) 2018年2月10日17:37:20-38:00 (UTC) に観測された衛星スピン軸方向の磁場変動強度、(B) 同時期に観測された水素イオンのエネルギースペクトル。 (Credit: Asamura et al., 2021)

図3は図2の観測に対し「波動粒子相互作用解析」を適用することによって得られた電波からイオンへのエネルギー輸送量を示しています。図3 (a) は磁気音波に対してエネルギー輸送量を求めたもの、図3 (b) は電磁イオンサイクロトロン波に対して求めたものです。図3 (a) から、エネルギー輸送の向きに変動があるものの、全体的には磁気音波がイオンにエネルギーを与えていることが分かります。一方、図3 (b) では、イオンから電波へのエネルギー輸送がはっきりと検出されています。こうして、磁気音波→イオンの加熱→電磁イオンサイクロトロン波の成長、というエネルギーの流れが確かに存在することが明らかになりました。

図3

図3: 本研究で解析した観測イベントについて、電波からイオンに渡される正味のエネルギー流量を示したプロット。(a) 磁気音波の場合、(b) 電磁イオンサイクロトロン波の場合。それぞれのパネルに線が3本プロットされていますが、真ん中が計算値を示し、上側と下側の線は信頼区間を表しています。 (Credit: Asamura et al., 2021)

磁気音波は数~10キロ電子ボルト程度の高温イオンによって生成されると考えられています。また、電磁イオンサイクロトロン波は超高エネルギー電子や高エネルギー水素イオンを散乱することが理論的に示されており、バン・アレン帯の変動への寄与が考えられるほか、オーロラの一種であるプロトンオーロラを作り出すことも考えられます。これらのことから、図4、図5 のような電波を介したエネルギーの流れが存在しているものと考えられます。

図4

図4: 本研究で明らかにしたエネルギーの流れ。赤矢印は本研究で直接観測に成功したエネルギーの流れを示します。 (Credit: ERG science team)

図5

図5: 本研究で明らかになったエネルギーの流れの模式図 (Credit: ERG science team)

本研究で用いた「波動粒子相互作用解析」の手法は2022年に打ち上げられる予定の欧州、日米の国際共同木星探査ミッション「JUICE」でも活用され、木星系の超高層大気で、イオンが電波を生み出す過程を明らかにしようとしています。この手法を用いることで、宇宙に存在する様々な種類の電波とイオン・電子との間のエネルギー輸送、さらには多様なエネルギーを持つイオン・電子が同時に存在している理由を解明してゆくことが期待されます。

論文情報

雑誌名:
Physical Review Letters

論文タイトル:
Cross-energy couplings from magnetosonic waves to electromagnetic ion cyclotron waves through cold ion heating inside the plasmasphere

著者:
浅村 和史 宇宙航空研究開発機構 准教授
小路 真史 名古屋大学宇宙地球環境研究所 特任助教
三好 由純 名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授
笠原 禎也 金沢大学 教授
笠羽 康正 東北大学 教授
熊本 篤志 東北大学 准教授
土屋 史紀 東北大学 准教授
松田 昇也 金沢大学 准教授
松岡 彩子 京都大学 教授
寺本 万里子 九州工業大学 助教
風間 洋一 台湾中央研究院 訪問研究員
篠原 育 宇宙航空研究開発機構 准教授

DOI:
10.1103/PhysRevLett.127.245101