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「あらせ」衛星の観測により発見されたコーラスによる電子の超高速加速の痕跡のイメージ (© ERG science team)

概要

地球や惑星周辺の宇宙空間は、プラズマによって満たされており、超高層大気起源の1電子ボルト以下の低いエネルギーから、ヴァン・アレン帯(放射線帯)の1メガ電子ボルト以上の高いエネルギーにまでわたって存在していることが知られています。このエネルギーの多様性は、宇宙空間内で自発的に発生するプラズマの波とプラズマを構成する荷電粒子のエネルギー授受によるものとされ、エネルギーの多様性を説明するための理論研究が広く展開されてきました。その理論研究の中では、コーラス(宇宙の鳥のさえずり)と呼ばれるプラズマ波から、非常に短い時間のうちに電子がコーラス波からエネルギーを受け取り、1秒以下の時間スケールで急速に加速される過程が提案されています。しかしこれまでは、粒子計測器の性能が十分ではないために、観測データをもとに実証することが困難でした。わたしたちは、「あらせ」衛星の高品質の観測データに新しい解析手法を適用することで、コーラスが、実際に1秒以下の時間スケールで電子を加速している痕跡を世界で初めて発見しました。コーラスは木星や土星といった放射線帯を持つ惑星周辺にも存在する波で、この加速過程はこれらの惑星周辺でも起きていることが想像されます。今回の発見は、コーラスによる急速な電子加速過程が宇宙空間で作用していることを実証的に観測したもので、地球や惑星周辺に存在する高エネルギー電子の生成過程の解明の一端を担う重要な成果です。

背景

地球や惑星周辺の宇宙空間はプラズマで満たされていますが、その密度は非常に薄く、荷電粒子間の衝突はほとんど起きません。このため、あるエネルギーをもつ電子があった場合、その電子がほかのイオンや電子との衝突でエネルギーを失ったり、他の粒子からの衝突でエネルギーを得たりすることはありません。一方、地球周辺に存在するプラズマの起源は、超高層大気に由来するのもの(電子の場合は1電子ボルト以下)と、太陽風起源のもの(電子の場合は約10電子ボルトから数100電子ボルト程度)であるにも関わらず、磁気圏内にはキロ電子ボルト帯からメガ電子ボルト帯までにわたる幅広いエネルギーの電子が存在し、その数はダイナミックに変動していることが知られています。この変動を理解するためには、衝突によらない形でのエネルギーのやりとり・運動の変化を考える必要があります。これまで、宇宙空間で自発的に発生する電波である「プラズマ波動」によるエネルギーのやりとり・運動の変化が、宇宙空間における電子やイオンのエネルギーのダイナミックな変化を生む要因と考えられてきました。

「あらせ」衛星は、地球周辺を取り囲む非常にエネルギーの高い電子が集まる領域である、放射線帯の生成・消滅を繰り返すメカニズムを明らかにすることを目的の一つとして、2016年12月に打ち上げられました。「あらせ」は、数10電子ボルトから数10メガ電子ボルトにわたる広いエネルギー範囲の粒子を計測するために、観測エネルギーごとに適切な粒子計測器を多数搭載する工夫がされています。また、電波の観測に関しても、直流から10メガヘルツまでの広い周波数範囲を精密に測定するため、観測周波数に応じた受信器を複数搭載しています。これら多数の粒子・電波観測器群により、地球周辺の宇宙環境を明らかにするための世界最高峰のクオリティーのデータを取得しています。わたしたちは、「あらせ」によって得られる高品質のデータを最大限に活用し、プラズマ波動の一種である「コーラス」と電子の間で起きると予測されていた、1秒以下での電子加速過程が宇宙空間で作用していることを明らかにしました。これは、長年広く取り扱われてきた準線型理論が提唱する数分から数十分という加速の時間スケールに比べて非常に短く、また、我々が「あらせ」の観測データの解析で見いだした30秒以下での加速 [Kurita et al., 2018] よりもさらに短い電子加速現象です。

成果

コーラスによる短時間での電子加速は、ある限られた条件の電子のみが選択的に大幅に加速されるという性質を持ち、条件を満たさなかった電子のエネルギー変化はそれに比べて小さいと理論的に考えられています。この短時間電子加速の条件は常に満たされているわけではないため、一時的に条件が満たされて短時間加速が発生するのに伴い、電子数の急増が間欠的に発生すると考えられます。電子の加速に要する時間スケールは1秒以下であると考えられており、この加速過程を検証するためには、高い時間分解能で電子数を計測した結果を解析する必要があります。わたしたちは、「あらせ」に搭載された中間エネルギー電子分析器(MEP-e)で取得された250ミリ秒ごとの観測データと、波動受信器(PWE)、磁場観測器(MGF)のデータを用いて、コーラスの出現に伴い、電子数が1秒以下の時間スケールで変動していることを捉えることに成功しました。

MEP-eは円盤状の視野を有する電子分析器で、約8秒間の衛星のスピンを利用して全視野を計測できるような仕組みになっています。詳細な到来方向の情報を得るために、1スピンの間の計測は32のスピン位相に分割されており、それぞれのスピン位相の間に16段階のエネルギーの電子の計測が行われます。このMEP-eのデータ取得方法に基づけば、ある特定のエネルギーの電子の数と到来方向を、約250ミリ秒(=8/32スピン位相)ごとに決定できることになります。注意点として、スピンによって回転するMEP-eの円盤状の視野と地球磁場の向きの関係によっては、小さいピッチ角(地球磁場と電子の速度ベクトルがなす角度)をもつ電子を計測することができないことが挙げられます。しかし、短時間での電子加速の理論によれば、加速された電子はピッチ角が大きくなるため、視野のスピン依存性の影響が小さいので、時間分解能を高めたMEP-eのデータを用いた解析を適応することが可能です。

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図1:「あらせ」に搭載されたMEP-eによる電子計測のイメージ図。MEP-eのエネルギー分析部においてエネルギー弁別された電子は、MEP-e底面におかれた検出器に到達することで計測される。左下の図には、「あらせ」のスピンの方向と、MEP-eの円盤状の視野の関係を示す。 (© ERG science team)

2は、20174819:20UTC頃に観測された電波の周波数スペクトル(2a)と、MEP-eで観測された電子数(2b)を示しています。図2bでは、ピッチ角60-80度の範囲における24.5キロ電子ボルトの電子数を、250ミリ秒での値(青点)と、一般的に解析で用いられる、衛星のスピン周期(~8)で平均した値(黒線)を示しています。コーラスの出現が観測されると同時に、電子数が増加していることがわかります。ここで、250ミリ秒分解能の電子数は、コーラスの発生前・消滅後と比べ、コーラス発生中には大きな時間変動を示し、8秒の平均値を大きく上回るものが存在しています。この観測結果は、コーラスによる短時間での電子加速の理論から予想される電子数変化と整合しました。

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図2:「あらせ」によって観測されたコーラスに伴う短時間での電子加速の様子。(a)波の強さの時間・周波数に対する変化を示したダイナミックスペクトル。(b) 24.5キロ電子ボルトの電子数変動。250ミリ秒ごとの電子数が青点、スピン周期(~8秒)平均が黒線、1スピンの間のデータのばらつき(標準偏差σG)が縦線で示してある。 (© Kurita et al., 2025 より改変)

図2bには、8秒間のあいだで、250ミリ秒ごとの電子数が8秒平均値に対してどれくらいばらついているかを示す指標(標準偏差)σGを縦線で示してあります。コーラスの発生に伴って、8秒間のあいだのデータのばらつきが大きくなっていることが伺えます。ここで、粒子計測の場合、計測の不確定性を定量的に評価する指標として、σGとは別に、粒子数の平方根を標準偏差σPとして用いられます。この場合、粒子数が多く計測されるほどその不確定性は平方根で大きくなります。また、σPは、粒子数が多い場合にはσGと良い一致を示す性質があります。MEP-eの観測結果が示すばらつきが、計測の不確定性に由来するか、それともコーラスが短時間に電子を加速したことによるものかを区別するために、変動係数と呼ばれる、粒子数の標準偏差を粒子数で除算した値で評価を行いました。σPから計算される変動係数は、粒子数の平方根の逆数に比例することから、粒子数が増えると、σPから計算される変動係数は減少します。また、σPの性質から、粒子数の増加に伴い、σGから計算される変動係数に近づくことが予想されます。一方、σPから計算される変動係数が、σGから計算される変動係数に対して異なる変化を示す場合には、コーラスによる短時間の電子数変動により、250ミリ秒の計測にばらつきがあるといえます。

コーラスによる電子加速に伴う変動係数の変化を図3に示しています。σGとσPから求めた変動係数は、コーラスによる電子加速が発生した前後の時間帯には概ね似たような時間変化を示しますが、電子数が増加している間では、σPをもとに計算した変動係数が減少するのに対して、σGをもとにした変動係数は増加しています。また、電子数の急増が見られるときに、電子のエネルギーと磁力線に対する到来方向の分布上で変動係数を計算すると、σGをもとにした変動係数は、σPをもとにしたものと比べ、電子のエネルギー-ピッチ角分布の特定の領域で増加していることが明らかになりました。この領域は、コーラスによる短時間電子加速が発生した場合に、電子数増加が想定される領域とよく一致します。以上のことは、「あらせ」の観測が、コーラスによる短時間電子加速の痕跡を捉えたことを示す結果です。

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図3:コーラスに伴う電子加速発生に伴う変動係数の変化。(a) 24.5キロ電子ボルトの電子数のスピン周期平均値と標準偏差σG 。(b)24.5キロ電子ボルトの電子数の変動係数の時間変化。マゼンタと青色はそれぞれ、異なる手法で評価された標準偏差をもとに計算された変動係数を示している。 (© Kurita et al., 2025 より改変

今後の展望

今回、わたしたちの研究によって、これまでは理論の予測でしかなかったコーラスによる短時間電子加速が宇宙空間で確かに作用し、1秒以下の時間スケールで高エネルギー電子数の増加を引き起こしていることが明らかになりました。この加速過程は、MEP-eが計測する数キロ電子ボルトから約100キロ電子ボルトの間の電子だけでなく、放射線帯を構成するメガ電子ボルト級のエネルギーをもつ電子の生成にも寄与していることが理論的に予測されています。また、今回我々がおこなった変動係数に注目した新しい解析手法は、MEP-eだけでなく、これまで宇宙空間で観測を実施してきた衛星に搭載されている粒子計測器にも適用可能で、汎用性が非常に高い解析手法です。過去の衛星観測データにまで遡り、本手法を適用してデータを解析することにより、プラズマ波動による電子・イオンのエネルギー授受過程の解明に貢献することが期待されます。ただし、この解析を実施するためには、短時間で十分な粒子計数を得られていることが必要で、MEP-eが非常に高感度であるからこそ適用できた解析手法であることは特筆すべき点です。

コーラスは、地球周辺の宇宙空間だけでなく、木星や土星といった外惑星の周辺でも観測されています。これらの惑星の周辺にも、メガ電子ボルトを超えるエネルギーをもつ電子が存在し、この電子の生成に寄与している可能性が十分に考えられます。また、水星磁気圏にもコーラスの存在がBepiColombo「みお」のスイングバイ時の観測から強く示唆されています。「みお」の水星周回軌道投入後の観測データに対し本研究が提案する手法を適用することで、水星磁気圏におけるコーラスによる超高速の電子加速の存在を調査可能であると考えています。

「あらせ」搭載MEP-eでは、コーラスに伴う電子数変動が8秒の時間分解能で数十例見つかっており、この解析手法を適用して、コーラスによる短時間電子加速過程のより深い理解が得られるでしょう。

※コーラスはプラズマで満たされる空間を伝搬する電波の一種です。地球周辺の宇宙空間でよく観測される電波で、磁力線に沿う方向に伝搬しやすい性質をもちます。数100ヘルツから数キロヘルツの周波数で観測されやすく、人間の可聴域に対応しているので、コーラスの信号を音声に変換すると、鳥がさえずるように聞こえることがその名前の由来です。

論文情報

論文タイトル:Detection of ultrafast electron energization by whistler-mode chorus waves in the magnetosphere of Earth (地球磁気圏におけるホイッスラーモード・コーラス波動による超高速電子加速の検出)

著者:S. Kurita, Y. Miyoshi, S. Saito, S. Kasahara, Y. Katoh, S. Matsuda, S. Yokota, Y. Kasahara, A. Matsuoka, T. Hori, K. Keika, M. Teramoto & I. Shinohara

掲載誌:Scientific Reports

DOI:10.1038/s41598-024-80693-8