~宇宙嵐の進展に伴い、ジオスペースに流入するプラズマの起源が太陽風から電離圏に切り替わることを観測~

地球周辺の宇宙空間をジオスペースと呼びます。ジオスペースには、希薄ながらもイオンや電子などの荷電粒子(プラズマ)が存在しています。このイオンや電子は、太陽からやってくる太陽風と呼ばれるプラズマの状態に応じて、増えたり減ったりしています。そして、大きく増えると、ジオスペースは「宇宙嵐(スペースストーム)」と呼ばれる状態になり、イオンや電子の増加に伴って激しく活動するオーロラがいろいろな場所で見えたり、高度 100kmほどの電離層領域に強い電流が流れるなどします。特に強い宇宙嵐の場合には、人工衛星の機能障害、測位精度の低下、さらには地上での停電など、私たちの日常生活にも影響が及びます。このため、宇宙を安全に利用するためにも宇宙嵐の理解は重要であり、宇宙天気研究としても精力的に研究されています。

宇宙嵐は、太陽風プラズマが地球磁場の勢力範囲(磁気圏)に入りこむことによって発生・発達すると考えられてきました。一方、地球の超高層大気(電離圏)にもプラズマが存在しており、水素イオンや酸素イオンが宇宙空間へと流出することが知られています。しかし、太陽風起源のプラズマと地球起源のプラズマを区別することは難しいため、地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響はわかっていませんでした。

そこで私たちは、太陽風プラズマに含まれているアルファ粒子(2価のヘリウムイオン)に着目しました。アルファ粒子は太陽風プラズマには含まれているものの、地球起源プラズマの中には見られないものです。太陽風とジオスペースの中で、水素イオンとアルファ粒子の個数 (密度) の比を同時に計測すれば、太陽風起源プラズマと地球起源プラズマを区別した研究が可能となります。

私たちは、2017年9月7日-10日に発生した宇宙嵐について、ジオスペースを探査しているJAXAの科学衛星「あらせ」、NASAの科学衛星「MMS (Magnetospheric Multiscale)」、太陽風を観測する「Wind」、ESA(欧州宇宙機関)の科学衛星「Cluster」の日米欧の科学衛星を組み合わせた解析を進めました。そして、Wind衛星が計測する太陽風、MMS衛星が観測する高度40000 kmから80000 km付近のジオスペース、「あらせ」衛星が観測する高度40000 km以下のジオスペースについて、水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度の比較を行いました。この中で、宇宙嵐の発達にとっては高度40000 km以下の磁気圏の内部領域が重要と考えられており、「あらせ」衛星の観測が要となりました(図1)。

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図1: 日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、宇宙嵐の発達時には、太陽風起源ではなく、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となっていることが明らかとなりました。(© ERG science team)

結果を図2に示します。図2(上)は、宇宙嵐の発達の発達を示したもので、特に9月8日付近で宇宙嵐が大きく発達していることがわかります。図2(下)は、Wind衛星、MMS衛星、「あらせ」衛星が観測した水素イオンとアルファ粒子の割合 (密度比) を示しています。

図2

図2: (上) 宇宙嵐の大きさを示す指数(単位は nT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示します。9月8日1時UT頃 に、宇宙嵐が最も強く発達しています。(中)「あらせ」衛星が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることがわかります。(下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、内部磁気圏(青)で計測した結果。黒線と重なった場合は太陽風起源プラズマが計測され、ずれた場合には地球起源プラズマが計測されていることを意味します。9月7日の20時UTまでは、内部磁気圏のプラズマは主として太陽風起源でしたが、その後、宇宙嵐の発達とともに地球起源プラズマが主となっていることがわかります。(© Lynn et al., 2023)

「あらせ」衛星が観測した水素イオンとアルファ粒子の密度割合がWind衛星に近ければ「あらせ」衛星が観測しているプラズマは太陽風起源、逆に大きく異なる場合には地球起源と考えられます。このため、9月7日の20時までは「あらせ」衛星が観測していたプラズマは太陽風起源と言えます。しかし、21時以降、宇宙嵐の発達とともに、Wind衛星と「あらせ」衛星が観測した密度比の差が大きくなりはじめ、「あらせ」衛星が観測しているプラズマは地球起源であることが明らかになりました。また、さらに宇宙嵐が進展すると、地球起源の酸素イオンの量が増え始め、主成分が水素イオンから酸素イオンへと変わることも明らかになりました (図2(中))。

この結果は、

  1. 宇宙嵐が発達する際に内部磁気圏に存在するプラズマは、これまで考えられてきた太陽風起源ではなく地球起源の水素イオンが主成分であること

  2. さらに宇宙嵐が進行すると地球起源の酸素イオンが主成分になること

を示すものです。

地球周辺の宇宙空間 (ジオスペース) の環境変化は、太陽と地球の相互作用によって生じるものですが、これまでは太陽風の影響に対して、ジオスペースは受動的に応答すると考えられてきました。しかし今回の結果は、宇宙嵐発達時には地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性を示しており、従来の概念の変革を迫る新たな知見です。例えば宇宙嵐の予測は宇宙天気研究の最重要課題ですが、これまでは太陽風の影響を予測することが重要視されてきました。これに対し本研究は、宇宙嵐の発達過程を理解するためには、地球起源プラズマの影響を組み込んだ評価も必要であることを示しています。

本成果は、「あらせ」衛星に搭載されたイオンエネルギー質量分析器がアルファ粒子と水素イオンを分離できる性能をもっていること、そして十分な感度を持っていることで得られました。この観測器は、静電エネルギー分析と飛行時間分析という2つの手法を使って入射してきたイオン一つ一つのエネルギーと速度を計測し、それを基にイオンの質量を同定しています。このやり方は機器の壁を突き抜けて観測器内部に到達してしまう高エネルギー粒子や、強烈な光量のために除去しきれなかった太陽紫外線などによるノイズの除去にも大きな効果があります。「あらせ」衛星搭載イオンエネルギー質量分析器は、これらの手法を応用し、高い感度と高いノイズ除去性能をあわせ持つように電極の形や配置を設計することで、高エネルギー粒子が飛び交う放射線帯 (バン・アレン帯) の中であっても質の良い観測データを得ています。

本研究では、宇宙嵐が発生すると、高度 40000km以下の内部磁気圏で地球起源のプラズマが主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性が示されました。では、地球起源のプラズマは宇宙嵐開始時にどのように電離圏から磁気圏に運ばれ、宇宙嵐の発達にどのような影響を与えているのでしょうか。この問題は今後、解明する必要があります。地球起源のプラズマは高度100kmから数100km に存在する電離圏から宇宙空間に向かって流出していると考えられています。ところが、電離圏イオンがどのような経路でどこに流出してゆくのかはほとんど分かっていません。また、電離圏イオンのエネルギーは低く、そのままでは地球の重力に逆らって宇宙空間に流出することができません。このため、何らかの方法で電離圏イオンが加速される必要がありますが、そのメカニズムも不明のままとなっています。これは加速前の電離圏イオンや加速中の電離圏イオンのエネルギーが従来のイオンエネルギー分析器の観測可能エネルギー帯よりも低く、観測例が少ないことが原因の一つです。

私たちは、「あらせ」衛星搭載イオンエネルギー質量分析器の開発で得た経験をもとに、低いエネルギー帯をカバーし、さらには酸素イオンや窒素イオン、酸素や窒素の分子イオンといった電離圏に存在する重粒子イオンの弁別が可能なイオンエネルギー質量分析器の開発を進めています。そして、人工衛星や観測ロケットで電離圏イオンや電離圏起源イオンを直接観測することを計画しています。

論文情報

雑誌名: Nature Communications

論文タイトル:The variable source of the plasma sheet during a geomagnetic storm
(宇宙嵐におけるプラズマシートの組成変化)

著者:
Lynn Kistler 名古屋大学 / 米国ニューハンプシャー大学
浅村 和史 宇宙航空研究開発機構
笠原 慧 東京大学
三好 由純 名古屋大学
C. G. Moukis 米国ニューハンプシャー大学
桂華 邦裕 東京大学
S. M. Petrinec ロッキードマーチン先端技術センター
M. L. Stevens ハーバードスミソニアン天文センター
堀 智昭 名古屋大学
横田 勝一郎 大阪大学
篠原 育 宇宙航空研究開発機構

DOI:10.1038/s41467-023-41735-3