今回はEQUULEUSのエンジンであるAQUARIUS(AQUAResIstojet p ropUlsion S ystem)について紹介します。

AQUARIUSは「水」を蒸気として排出するエンジンで、その役割は、月マルチスイングバイの軌道調整、ラグランジュ点到達後における軌道維持、そして全期間を通して必須のアンローディング(探査機の角運動量調節)と多岐にわたります。このために、2基の軌道遷移スラスタ(推力4.1mN、比推力70s)、4基の姿勢制御スラスタ(0.6mN、60s)、そして1.2kgの「水」推進剤を装備しています。一方で、推進システムとして大きさ約2.5U、最大消費電力22Wとキューブサットに適した小型・低電力も実現しています。

この小型・低電力化の鍵は、推進剤としての「水」と独特な常温蒸発方式にあります。「水」は常温で液体でありながら低い分子量を持つため、小型化と高い比推力を可能にします。また、水蒸気と聞くとボイラーのような高温蒸気を想像されるかもしれませんが、約100分の3気圧という低圧において常温蒸発を行います。熱は高所から低所へと流れますので、常温であればヒーターや水蒸気から熱は逃げにくくなります。それどころか、周囲に配置した高温機器からの排熱を利用することさえできます。実際、本エンジンでは100%を超える熱効率を達成しており、「水」の持つ欠点である高い潜熱の問題を緩和しています。

推進剤として「水」のメリットは密度や分子量だけでありません。安全性、取扱性、そして将来性という大きな特徴をもっています。まず、安全性は言うまでもありません。当然ですが危険物と識別されません。これは別プロジェクトにおいてAQUARIUSの姉妹機(より小型の1.0U版)が、難なく国際宇宙ステーションへ持込めた点でも確認できました。また、低圧における常温蒸発が系全体の圧力を下げるため、タンクは圧力容器ではなく密閉容器として識別されます。

次に取扱性は、地上での開発および試験に大きく関わります。AQUARIUSが使用する「水」は工業用の精製水です。値段は安い、薬品登録は不要、流しに捨てられる、誤って飲んでも大丈夫(飲みませんが...)。実際に開発を進める身であれば、これがどれほど有意であるか理解できます。表には現れにくいですが、これは開発効率を大きく向上させます。

そして、最後の将来性は宇宙資源としての「水」です。月、火星、小惑星等における宇宙資源の活用は、宇宙開発の可能性を大きく広げます。そして、もっとも期待されている資源が「水」です。その「水」を利用できる推進機を一足先に実現しておくことで、宇宙資源利用時代に先手を打つことができます。実は「水」を推進剤とするエンジンは他にもあります。プラズマ化による水イオンエンジンや、マグネシウム等との燃焼による金属/水ハイブリットロケットなどです。水蒸気式はもっとも単純な推進機ですが、タンクを含む推進剤供給機構という水エンジンの核となる技術を備えています。つまり、AQUARIUSは様々な水エンジンのベースとなる可能性も担っているのです。

なお、「水」と言えば、よくある質問が「水」の凍結問題です。基本的に探査機温度は常温付近にあり凍結は生じません。ただし、姿勢喪失等で長時間にわたり0℃を下回ることがあれば凍結は生じてしまい、それに伴う膨張が問題となります(冬場の水道管破裂と同じ)。このために、タンクは初期状態15%程度の押しガス領域を、凍結膨張におけるバッファとして有しています。凍結膨張によりタンク圧力は上昇しますが、初期圧力が0.5気圧程度と低く、完全凍結に至っても2気圧を超えず安全です。

最後に機器の工夫として、金属(アルミ)3Dプリンタの活用を挙げます。わずか300cm3ほどの空間への液滴噴射、蒸発、気液分離、多数のバルブ・入出口・センサの実装は、3Dプリンタなしには実現不可能でした。一方、この空間への100本もの配線接続は従来どおりの実装でした。配線はCAD上における詳細設計が難しい上、技量に大きく反映されるハンダ付けを要します。開発における多くのトラブルがここで生じました。膨大なハンダ付を宇宙研の熟練者にお願いし、多大な苦労の末に何とか仕上げた状態です。電力ラインを含めた完全無線化を実装したい思いです。

多くのメンバーの多大な尽力と周囲からの協力によりAQUARIUSは完成し、つい先日NASAへの引き渡しも無事に完了しました。その最大の山場は、打上後、即座にやってくる第一の月スイングバイです。これが最大のΔVを要する上、ここを逃すと地球・月圏から脱出してしまうからです。打上げまで束の間のお別れをしましたが、その出番はもうすぐです。最大の山場を最大の見せ場とすべく、本番に向けてさらに入念な準備を進めようと思います。

図1

図1 AQUARIUSを搭載したEQULEUUS(推力測定スタンドによる推力測定試験のセットアップ時の様子)

【 ISASニュース 2021年8月号(No.485) 掲載】