宇宙空間に存在する宇宙塵(ダスト)や微小スペースデブリを統計的に有意なレベルで計測するためには通常、検出装置のセンサ面積が大きいほど有利です。ところがEQUULEUSのような超小型宇宙機は、外壁の総面積が小さいため、数百cm2以上の表面積を占有する従来型のダスト計測器を搭載することが困難です。

そこで私たちは発想を逆転させて、専用の観測機器を搭載する代わりに、外壁を覆って宇宙機内部を適切な温度に保つ多層断熱材(MLI)に、圧力が加わると電圧を生じる性質を持つポリフッ化ビニリデン(PVDF)フィルムを挟み込むことで、温度・電流・電力値などと同様のHK(ハウスキーピング)データとしてダスト衝突も検出する、「スマートMLI」を発明しました。PVDFによるダスト衝突検出は、2010年にIKAROS探査機に搭載したALADDINセンサで実証済みです。

スマートMLIは軽量・省電力であるのに加えて、形や面積も自由に設定できます。熱制御材にこれを採用するだけで地球周回から深宇宙まで、爆発的に増えているキューブサットや小型衛星も含めて、機体の大小や形や姿勢を問わず、あらゆる宇宙機が自らの軌道上のダスト環境を把握できるようになります。これにより、例えばデブリによる衝突リスクの変化を評価して、成長分野である地球周回軌道を使った経済活動の持続可能性に貢献できます。

日米で特許出願済みであるスマートMLI技術を宇宙で初めて実証するのが、「CLOTH(Cis-Lunar Object detector withinTHermal insulation)」の第一の目的です。MLIをEQUULEUSがまとう「金色の衣服」に見立てての命名で、地球から月軌道周辺までの領域(シスルナ空間)のダスト環境を連続的に計測する装置です(図1)。

図1

図1 EQUULEUS探査機FM外壁二面に配置されたCLOTH(金色のMLI部分)

CLOTHは、ダストが衝突すると信号を出力するセンサ部と、出力信号を処理する回路部から構成されます。センサ部の有効面積はEQUULEUSの表面積の約2割を占める435cm2と、過去の専用ダスト計測器と遜色ないのに、ハーネスも含めた総質量は100g未満です。超高速度で衝突するダストがMLIの最外層を変形したり貫通して、第二層に設置されたPVDFフィルムまで到達すると、圧電効果により電圧信号が出力されます。回路部でこの信号を処理し、ダストの衝突時刻、センサチャンネル、センサ温度と一緒に、質量と衝突速度の関数である波高値が記録されます。地球へ送信された検出データは、地上衝突実験の結果や数値解析モデルと併せることで正確に解釈され、ダストの運動量や空間分布を導きます(図2)。

図2

図2 CLOTHの断面図(左上)、MITレーザー加速微粒子衝突校正実験(右)と最外層に1-7km/sで衝突した模擬微粒子の貫通孔の電子顕微鏡画像(左下)。

CLOTHの第二の目的は、シスルナ空間、特に月の裏側に位置する「地球・月系第二ラグランジュ点(EML2)」領域のダスト環境の科学的解明です。従来、地球に到達する数ミクロン以上の宇宙塵の分布は、国際宇宙ステーション上の「たんぽぽ」捕集実験や地球大気中の流星観測などにより調査されてきました。さらに大きな数cm以上の隕石の分布は、地球大気での火球や月面衝突閃光の観測によって調査されています。EQUULEUSには、前者のためにCLOTHが、後者のためにDELPHINUSカメラが搭載されており、地球で計測されたデータとも比較しながら、シスルナ空間の固体物質を俯瞰的に調査することが期待できます。例えば、彗星や小惑星起源の宇宙塵の分布モデルから予想すると、打上げ後半年間でCLOTHに1回以上衝突するダストの粒径はおよそ17マイクロメートル以下で、検出限界は5マイクロメートル程度です。もしこれらの予想値を超えた衝突検出があればCLOTHは、一時的に地球・月系に捕獲された小天体(TCOs)を起源とする二次放出ダストや、月面から放出されたレゴリスなど、未知のダスト成分に遭遇する可能性があります。

第三の目的は、将来の深宇宙港の設置が期待されるEML2領域での世界に先駆けたダスト分布計測を通じて、有人深宇宙探査に向けた環境調査に貢献することです。その成果は、月周回有人基地「ゲートウェイ」の安全性評価にも、重要な基礎データを提供するでしょう。

【 ISASニュース 2021年6月号(No.483) 掲載】