OMOTENASHI唯一のサイエンスミッション機器

世界最小の月着陸機OMOTENASHIには、唯一のサイエンス機器として、超小型線量計「D-Space」(図1)を搭載しています。これまで日本は、スペースシャトルや国際宇宙ステーション(ISS:International Space Station)が飛行する地球近傍(地磁気圏内)に限られた宇宙放射線環境計測(被ばく線量計測)の経験しかありません。そのため、NASA SLSロケット1号機によるOMOTENASHIミッションは、日本初の地磁気圏外かつ月遷移軌道における宇宙放射線環境の計測機会となります。

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図1 (左)D-Space 2 式/外観図、(中)D-Space 2 式/センサ基板配置、線量計と読み出し基板は(右)黒色ABS製のセンサホルダに収納され、図2の側面パネルに取り付けられている。

図2

図2 D-Spaceの搭載位置。この側面パネルの内側に搭載されている。

本連載第1回目に記載されているように、SLSロケット1号機の相乗り探査機枠の条件は、「将来の有人探査を推進するのに役立つもの」でした。月近傍拠点ミッションGatewayを含むArtemis月面着陸有人探査計画やさらにそれ以遠の有人探査ミッションにおいて、宇宙飛行士がどれくらい被ばくするのか、何日間月面に滞在できるのか、相乗りの募集があった2015年8月にはその答えを持っていませんでした。この課題を解決するサイエンス機器として、D-Spaceが提案されたのです。

D-Spaceは、約1週間のOMOTENASHIミッション期間中の、1分毎の被ばく線量を計測します。月へ向かう世界最小の超小型探査機という要求があるのであれば、当然搭載する線量計にも世界最小サイズが求められました。

有人探査に役立つ環境計測ができ、さらには将来有人探査計画にも利用できる線量計、リアルタイムでデータを取得でき、重量は30g以下、それを2週間で検討すること。このチャレンジングなミッションに応募できたのは、ちょうど同時期に有人探査のための被ばく線量計の搭載協力依頼を受けていた、iSpace社の民間月面探査プロジェクト「HAKUTO」月面探査ローバー(当時2017年12月Falcon 9打上げ予定)計画があったからでした。SLS1号機とほぼ同時期に打上げが計画されており、OMOTENASHIでは月遷移軌道を、HAKUTOローバーでは月面を同時に計測することで、日本は世界に先駆けた宇宙放射線環境計測データが取得できる、有人探査だけではなく2020年から本格化する民間での月面探査事業や宇宙旅行ビジネスからのニーズがこんなにある、これがモチベーションになりました。

将来探査を見据えた超小型線量計開発のための技術開発を進める中、産業技術総合研究所が開発、千代田テクノル株式会社が事業化した個人向けおよび環境線量計「D-シャトル」を改修したD-Spaceを、OMOTENASHIに搭載することとなりました。D-シャトルは、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故に対応し、装着負担が少なく、日々の被ばく量を年単位で電池交換なしで記録・表示できる線量計として開発されました。そのため、地上での主な測定対象であるガンマ線ではなく、宇宙放射線を構成する銀河宇宙線や太陽活動によって生じる高エネルギー粒子に対して感度を持つように改修する必要がありました。具体的には、計数回路やフォーマット等を宇宙放射線線量実測用・宇宙機搭載用に改修した閾値の異なる2つのセンサを搭載し、銀河宇宙線と陽子の寄与を区別できるようにしています。また、重粒子加速器を使った照射試験を行い、センサ出力と線エネルギー付与(LET)との関係をあらかじめ評価しています。

OMOTENASHIのCAD情報を組み込んだPHITS放射線輸送モンテカルロシミュレーションより、探査機の遮蔽評価も行っており、センサ出力と組合わせた月遷移軌道での被ばく線量算定を行います。

D-Spaceはもともとボタン電池を使ったポータブル線量計ですが、SLSロケットの安全制約により、探査機電源駆動(探査機電源は、打上げ時には3重のスイッチによりオフしている)に切り替えることになりました。限られたスペースを有効活用するために、プロジェクトの若手研究者が手作業で電池搭載スペースをカットして、閾値を変えた2つの線量計を合体させ、3-Dプリンタで作成したホルダに収納するという、知恵と工夫が詰まった小型軽量化もされています(図1中、右)。

将来の有人探査推進に向けて

D-Spaceは、Gateway船内の放射線環境評価のための国際共同ミッション(IDA:Internal Dosimeter Array)計画にも搭載が決定しており、2024年以降のGatewayモジュール組立開始とともにHALOモジュールに搭載される予定です。現在、エンジニアリングモデル開発が進んでいます。OMOTENASHIミッションの運用開始前から、その成果が将来探査のために活用されているのです。

荷電の飛跡に沿って単位長さ当り物質が付与される平均エネルギー、放射線の質量と速度および通過する物質の種類や密度に依存する。線量算出に必要な物理量。

【 ISASニュース 2021年11月号(No.488) 掲載】