爆発的な力を発揮する小型推進装置

OMOTENASHIの中心部には、全長約300mm・重量約4kgの、固体ロケットモーターが搭載されています(図1)。固体ロケットモーターは、モーターケースの内側に火薬類の一種である固体推進薬が詰め込まれた推進装置で、推進薬が燃焼する際に発生する高温・高圧の燃焼生成物をノズルから排出することによって推進力を得ます。

OMOTENASHIに搭載された超小型の固体ロケットモーターは、僅か20秒弱の燃焼時間中に、着陸モジュールである約0.7kgのサーフェスプローブ* を頭部に載せた状態で、約2,500m/sも加速することができます。この爆発的な力を利用して、着陸シーケンスでは、頭部に着陸モジュールを搭載した固体モーターがオービティングモジュール* から分離するとともに、月面に向かって逆噴射を行いながら減速して着陸します。
(* ISASニュース2021年3月号本連載記事参照)

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図1 OMOTENASHI搭載超小型固体モーターとレーザー点火部。

最先端のレーザー点火システム

通常、固体ロケットの点火には、電線に電気を流すことで点火玉と呼ばれる火薬に点火し、その火炎をきっかけにロケット本体に点火する方式が取られます。ここで、作業中の静電気や探査機の迷走電流などによる不慮の点火玉の着火の可能性を考え、SAD(Safe & Arm Device)と呼ばれる火炎を遮断する安全装置をロケットに取り付けます。ところが、究極の小型化・軽量化が求められるOMOTENASHIには、SADの取り付けは不可能でした。

そこで、OMOTENASHIは日本の固体ロケットでは初めてとなる、レーザー点火システムを採用しています。これは、OMOTENASHI探査機内に配置したレーザーダイオードから放出した強力なレーザー光を、電気を通さない光ファイバーでロケット本体内に導き点火を行う方式です(図1)。レーザーは探査機内部のコンデンサに蓄えた大きな電気エネルギーにより放出される設計としているため、静電気などで誤動作する恐れが無く、SADが不要になります。

OMOTENASHIは、有人宇宙船として設計されたOrionと相乗りで、NASAのロケットSLS(Space Launch System)によって打ち上げられます。そのため、NASAによる非常に厳しい安全審査を受ける必要がありました。特に、火薬がぎっしり詰まったOMOTENASHIの固体ロケットモーターには厳しい目が向けられました。しかしながら、新たに開発したレーザー点火システムと固体ロケットモーターの安全性が認められ、無事に審査を通過することができました。

磨き上げられた固体ロケットモーター

OMOTENASHI搭載超小型固体ロケットモーターには、レーザー点火システム以外にも、様々な技術--いぶし銀のノウハウから挑戦的な新規技術まで--が詰め込まれています。開発のプロセスでは、それらの技術を検証し、OMOTENASHI向けに最適化するために、様々な試験を実施しました。特に重要なのが、モーターの燃焼試験です。宇宙科学研究所あきる野実験場では、真空燃焼試験を行いました(図2)。この試験は、JAXAの試験場で固体ロケットにレーザー点火した初めての例となり、真空環境下における推進性能とレーザー点火システムの特性に関する重要なデータを取得することができました。

開発プロセスの中で、数多くの燃焼試験を実施し、その中でOMOTENASHI搭載超小型固体ロケットモーターは磨き上げられ、小型・軽量なボディから大きな力を確実に発揮できる推進装置として完成したのです。

図2

図2 宇宙科学研究所あきる野実験場で行われた真空燃焼試験の様子。

固体ロケットが切り拓く宇宙探査の未来

間もなくOMOTENASHIを打ち上げるSLSロケットには、全長約54m・重量約730 tの固体ロケットブースターが取り付けられます。人類史上最大の超巨大固体ロケットブースターによって地球から打ち上げられる世界最小の月面着陸探査機OMOTENASHIが、最後は超小型固体ロケットモーターで月面に着陸すると考えると、まさに固体ロケットの力によって宇宙探査の新たな歴史が作られようとしていると言えます。

小型・軽量で大推力を発揮でき、さらに安全性も兼ね備えた固体モーターを活かせば、これまでは到達不可能だった、重力の強い天体などへのアプローチも可能になるかもしれません。OMOTENASHI搭載超小型固体モーターは、まさにこのコンセプトを具現化したものと言えます。

【 ISASニュース 2021年5月号(No.482) 掲載】