EQUULEUS搭載科学機器の1つにPHOENIX(PlasmasphericHelium ion Observation by Enhanced New Imager in eXtremeultraviolet)という装置があります。これは、EQUULEUSの独特な軌道をうまく活用して、地球周辺のヘリウムイオンを撮像する装置です。今回はこのPHOENIXについて紹介します。

皆さんは、自分達が住んでいる地球を取り巻く宇宙空間について考えたことはありますか?一般的に宇宙から見た地球は闇に浮かぶ青い球体、という印象だと思います。しかし実際の地球は、大気圏から宇宙空間に「染み出た」ガスで覆われています。これらのガスは人間の目には見えませんが、地球半径の10倍から100倍近くの領域まで広がっていることがわかっています(このような領域をプラズマ圏と呼びます)。興味深いことに、プラズマ圏は様々な要因で密度分布や大きさが変わります。しかしその物理的な要因は明らかにされていません。そこで、プラズマ圏の謎を知る手掛かりとして、その構成要素であるヘリウムイオンを撮像するためにPHOENIXは開発されました。

ところで、どのようにしてヘリウムイオンを撮像するのでしょうか。そのためには、太陽光の共鳴散乱という現象を利用します。これは、原子やイオンが太陽光を浴びたときに、特定の波長に反応して散乱し、その存在を伝えてくれるという仕組みです。ヘリウムイオンは、波長30.4 nmの光を特に効率よく散乱します。従って、この波長の光を検出できるカメラがあれば、ヘリウムイオンの空間分布を把握できるということになります。

人間の目に見える光の波長は概ね400から700nmの間です。つまり、ヘリウムイオンの放つ光(波長30.4nm)は、人間の目には見えません(極端紫外光と呼びます)。 また、通常のカメラは極端紫外光に感度を持ちません。特に、鏡の反射率は可視光に比べて約1/10と極めて厳しい条件です。しかもEQUULEUSは超小型なので大型化は許されません。そのような制約の中でヘリウムの放つ極端紫外光を検出するために、私たちは特殊な鏡や検出器を使うことにしました。具体的には、鏡の表面にモリブデンやシリコンを薄く交互に積層することで干渉作用を生じさせて、30.4nmの波長に対して高反射率の鏡を開発しました。また、光電効果を通して極端紫外光を電気信号に変換する光検出器の形状を改良してPHOENIXに搭載できるようにしました。さらに、誤って太陽光を直視しないよう、瞬時に開閉するシャッターも取り付けるなど、限られたリソースの中で最大限の工夫を施して、缶コーヒー程の大きさのカメラを完成させました(図1)。

図1

図1  PHOENIXの完成品(エレキボードも含めた重量は約540g)

ところで、皆さんは自分の顔写真を撮ろうとして腕を伸ばしたものの顔の一部しか写らない、という経験はありますか?言うまでもなくこれはカメラと顔の距離が近すぎるからです。地球観測でも同じことが言えます。地球の近くからでは、地球周辺の観察が難しいのです。

人が自分の写真を撮るときには自撮り棒を使います。それと同様に、地球から遠く離れた地球-月ラグランジュ点を目指すEQUULEUSは、地球を観察するために最適なミッションなのです。しかも、地球と探査機の距離がほとんど変化せず、常に同じような観測条件を維持できるEQUULEUSは、プラズマ圏観測にとって渡りに船のミッションです(図2)。

図2

図2: 宇宙からみた地球周辺のプラズマ(想像図)

PHOENIXは現在EQULLEUSに搭載されて打ち上げを待っています。開発過程の全てが順調というわけには行きませんでしたが、限られたリソースの中で野心的なデザインの素晴らしいカメラが出来上がりました。この小さなカメラで私たちの住む地球を取り巻く宇宙空間の様子を画像に納める日が近づいています。もうすぐ究極の地球自撮り撮影ができそうです。

【 ISASニュース 2021年2月号(No.479) 掲載】