SOLAR-C衛星に搭載される観測装置EUVSTは世界最高性能の太陽極端紫外線(EUV)分光器となることが期待されている。本研究では、数値シミュレーションを活用した仮想観測によりEUVSTの観測能力が実証された。さらに、観測能力の見積りや観測計画の立案に利用できる新たなツール群も公開された。
SOLAR-Cは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が国立天文台(NAOJ)の協力を得て開発を主導する次世代の太陽物理学ミッションであり、NASA、ESA(欧州宇宙機関)、および複数の欧州各国からも重要な貢献を得て開発中です。このミッションの主力観測装置である「高感度極端紫外線分光望遠鏡(Extreme Ultraviolet High-Throughput Spectroscopic Telescope: EUVST)」は、非常に広い温度範囲にわたる太陽大気を世界最高性能である高い空間分解能で観測し、太陽物理学における二つの重要課題である「太陽大気、特に太陽コロナはどのように加熱されるのか」と、「どのように不安定化して宇宙天気現象を引き起こす噴出現象を発生させるのか」の解明を目的としています。コロナの加熱とは、太陽の表面よりも、その外側に広がるコロナの方がはるかに温度が高い状態を指し、コロナの存在は物理的に見て大きな謎です。また宇宙天気現象とは、大規模な太陽フレアやそれに伴う物質の噴出によって、人工衛星、通信、測位システムなどに影響を与えるもので、私たちの生活にとっても密接に関係しています。
広い温度範囲を捉えるため、EUVSTは17nmから120nmの極紫外線領域を短波長カメラ(SWC)と長波長カメラ(LW IAPS)により観測します。このうちSWCは、ESAとの契約のもと、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のマラード宇宙科学研究所(MSSL)で開発が進められています。現在、開発試験モデルを用いた性能評価が進められており、2026年秋には日本で開発中の望遠鏡構造に組み込まれ、観測装置全体の開発試験が行われる予定です。
今回、UCLのジェームズ・マッケビット(James McKevitt)氏が主導した研究により、SOLAR-Cの打上げ後にEUVSTがどのような観測を実現できるのかを、これまでよりも詳細に予測できるようになりました。現在運用されている分光器では太陽大気中の微細なプラズマ構造や運動を捉えることは困難ですが、本研究により、次世代のEUVSTではこれらを分解して観測できることが初めて定量的に示されました。
本研究では、EUVST望遠鏡の光学系およびSWCから構成される仮想観測モデル(数値シミュレーションの出力結果をEUVSTで観測した様子を仮想的に再現するモデル)を構築しました。これは、観測機器開発、光学系・検出器技術、エンジニアリング、太陽物理学といった幅広い分野の知見を結びつけることで構築されたモデルです。
研究チームは、太陽フレアが発生する直前の太陽活動領域を模した3次元磁気流体力学(MHD)シミュレーションのデータに対して、それを実際のEUVSTで観測した際に、EUVSTがどのように観測データを出力するのかを詳細にモデル化しました。これにより、現実的な観測条件のもとでEUVSTがどれほど観測性能を発揮するかを検証することができました。
本研究の筆頭著者でありUCLマラード宇宙科学研究所の研究員であるジェームズ・マッケビット氏は次のように述べています。
「コロナ加熱やフレア発生の引き金となる重要な物理過程の多くは、現在の観測装置では時間的にも空間的にも分解して捉えることが難しい微細なスケールで起こります。今回のシミュレーションは、現在は分解できずに一体となって見えてしまう構造や流れを、EUVSTではきちんと識別できることを示しています。これにより、太陽大気がどのように加熱されるのか、そしてフレアがどのように駆動されるのかについて、長年の仮説を直接検証できるようになります。」
この研究成果は現在、SOLAR-Cミッションの開発にも活用されています。
SOLAR-Cプロジェクトマネージャで宇宙科学研究所の教授である清水敏文氏は、「今回新たに構築された仮想観測モデルには、太陽光がEUVSTの内部で観測データへ変換されるまでの詳細な過程が組み込まれています。現在、EUVSTを構成する鏡やカメラの試験評価が進められており、地上試験で得られる性能結果から実際の装置で行われる観測の能力を試験段階から定量的に評価することが可能です。」と述べています。
SOLAR-Cを用いて行う分光観測では、空間分解能、波長分解能、感度、時間分解能(ケーデンス)をバランスよく組み合わせる必要があります。本研究では、特にフレア発生前のダイナミックな太陽プラズマを観測するにあたり、空間分解能と時間分解能をどのように最適化すべきかが示されました。
また、本シミュレーションにより、EUVSTが太陽プラズマの速度をどの程度正確に測定できるかも定量的に評価されました。その結果、太陽プラズマの速度を測る精度について、従来の観測装置に比べて約2倍の性能向上が期待され、太陽大気が高温となる要因と考えられる物理メカニズムを観測的に特定できる見通しが示されました。
研究チームは、この研究で使用したソフトウェアを、広く研究コミュニティ向けに公開しています。このソフトウェアは「ECLIPSE(Emission Calculation and Line Prediction for SOLAR-C EUVST)」と呼ばれ、Python APIにより、研究者がEUVSTの観測を自ら模擬し、出力される観測データを予測するとともに、装置性能を評価することができます。
また、本ツールにより、EUVSTの観測計画を検討したり、物理条件の異なる太陽プラズマが観測データ上でどのように見えるかを調べたり、さらにはSOLAR-Cの打上げ後に取り組むべき科学課題の準備を進めたりすることが可能となります。
論文情報
タイトル:Pre-flare and active region plasma flows and structure seen by the short wavelength camera on SOLAR-C/EUVST
著者:McKevitt, J., Matthews, S., Brooks, D. H., ほか(2026)
掲載誌:Publications of the Astronomical Society of Japan (PASJ)
DOI:10.1093/pasj/psag078
図1: SOLAR-C想像図 (©JAXA/NAOJ)
図2: 「ひので」搭載EISの1秒角スリット(左)と、SOLAR-C/EUVSTの0.4秒角スリット(右、スリット方向に2画素のビニングを適用)について仮想観測を行った結果の比較。Fe XII 195.119 Å輝線について、スリットを縦軸(Y)方向に設定した上で、横軸(X)方向にスキャンさせた。各スリット位置(X)において40秒間の露光を行った場合を模擬している。上段:輝線強度マップ。下段:視線方向のドップラー速度マップ。論文中で詳しく調査したフレアの前駆運動が見られる領域とコロナループ構造を示す。 (©JAXA/UCL)
