概要
X線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」が、近傍宇宙の活動銀河NGC 3783の中心に存在する超巨大ブラックホールの近くで、ガスが突然噴き出す様子を観測しました。そのスピードは光の速さの20%にも達します。XRISMなどを使った10日間の観測によって、その発生から加速の様子までが捉えられました。解析の結果、その加速は太陽のコロナ質量放出と同じように「磁気リコネクション(磁力線のつなぎ変え)」という現象によって引き起こされたと考えられます。この発見によって長年の謎である活動銀河核から噴き出す超高速なガス噴出の駆動機構および、ブラックホールから銀河へのフィードバック機構の理解がさらに進むことが期待されます。
研究の背景
現代天文学における重要な未解決問題の一つが『銀河と超巨大ブラックホールの共進化』です。 銀河と中心の超巨大ブラックホールには質量の相関があることから、両者は互いに影響し合い共進化したと考えられていますが、そのメカニズムは不明です。この課題を解決する鍵が活動銀河核です。活動銀河核とは、超巨大ブラックホールに落ち込む物質の重力エネルギーが解放され、銀河中心が明るく輝く現象であり、超巨大ブラックホールの成長の現場と考えられています。超巨大ブラックホールが成長するためには物質の降着が必要ですが、それは同時にエネルギーや運動量が周囲に渡されることを意味します。 このプロセスは「フィードバック」と呼ばれ、銀河が時とともにどのように成長し変化していくかに重要な役割を果たしています。ブラックホール周辺の星やガスに影響を与え、私たちが今見ている宇宙の形を作る手助けをしているかもしれないのです。

図1: XRISM搭載軟X線分光装置ResolveによるNGC 3783のX線スペクトルとハッブル宇宙望遠鏡による画像(クレジット: ハッブル宇宙望遠鏡の画像はNASA、XRISMのスペクトルはJAXA/ESA/NASA)
XRISMの観測成果
XRISMは活動銀河核NGC 3783を初期性能検証期の2024年7月18日から2024年7月27日までの10日間観測し、その詳細なスペクトルデータを取得しました(図1)。XRISMは観測期間中に、「軟X線」と呼ばれる波長帯での明るさの変動を確認しました 。3日間続いた爆発現象を含め、こうした変動自体は超巨大ブラックホールでは珍しいことではありません 。しかし、今回ユニークだったのは、図2のようなブラックホールの周りを渦巻く降着円盤からのガス放出の瞬間が観測されたことです。このガスは秒速6万キロメートル、つまり光の速さの20%という猛烈なスピードで弾き飛ばされました。軟X線分光装置Resolve(リゾルブ)によって、その発生から加速の様子までを捉えることに成功しました。

図2: 超巨大ブラックホールから高速ガスが噴出する様子の想像図 。ブラックホールの周りを回る降着円盤の超高温領域からループ状にX線フレアが発生し、強烈なガスが放出されます。(クレジット:ESA)
ガスが噴出した場所は、ブラックホール本体の大きさの約50倍ほどの距離にある領域でした 。そこは重力と磁力が激しくせめぎ合う、極限の環境です。私たちは、この噴出が太陽表面で起きる爆発現象(コロナ質量放出;図3)と同じように「磁気リコネクション」という現象によって引き起こされたと考えています。これは磁場の形が急激に変わり、莫大なエネルギーが解放される現象です。

図3: 太陽観測衛星Solar Dynamics Observatoryがとらえた太陽からのフィラメント噴出。超巨大ブラックホールの降着円盤からのガス噴出と同じように、2012年半ばに太陽で長いフィラメントの噴出が起きました。これによりコロナ質量放出が発生し、プラズマが太陽系内に放出されました 。 (クレジット:NASA/GSFC)
こうした噴出は強力な光のエネルギーによっても引き起こされますが、今回の原因はどうやら『磁場の急激な変化』にあるようです。計算してみると、今回観測された猛烈な急加速を起こすには、光のエネルギーだけでは全く足りないことが判明しました 。その一方で、ガスが一気に加速していく様子を詳しく分析すると、太陽表面で起きるコロナ質量放出の加速パターンとそっくりであることが分かりました 。このことから、太陽と同じように、ブラックホールの周りでも磁気リコネクションでガスが吹き飛ばされたと考えると、つじつまが合います。
今後の展望
今回の結果は、ブラックホールが単に物質を吸い込むだけでなく、特定の条件下では宇宙空間へ物質を吹き飛ばしていることについて、新たな知見を与えてくれます。長年の謎である活動銀河核から噴き出す超高速なガス噴出の駆動機構の解明および、ブラックホールから銀河へのフィードバック機構の解明につながる結果です。
最後に、この発見は宇宙機関や研究所間の国際協力の重要性も示しています 。今回の観測はXRISMが主導し、米欧の計7つの宇宙ミッション(XMM-Newton、NuSTAR、ハッブル宇宙望遠鏡、Chandra、Swift、NICER)の協力によって行われました。
用語解説
日米欧の宇宙ミッション:今回の観測は日米欧の計8つの宇宙ミッションの協力で行われました。それぞれミッションで得意な分野があり、協力することで天体を多角的に観測することができます。
XRISM:JAXA主導のミッション。約10 keV以下の軟X線を観測できます。Xtendの広視野とResolveのおよそ2ー10 keVで史上最高性能の高エネルギー分解能が特徴です。
XMM-Newton:ESA主導のミッション。高い集光能力とおよそ0.3ー2 keVの高エネルギー分解能で約10 keV以下の軟X線を観測できます。
Chandra:NASA主導。高空間分解能と高エネルギー分解能で約10 keV以下の軟X線を観測できます。
NuSTAR:NASA主導のミッション。およそ3―70 keVの硬X線を観測できます。
ハッブル宇宙望遠鏡:NASA/ESA主導のミッション。可視光・紫外線・近赤外線を観測できます。
Swift:NASA主導のミッション。ガンマ線・X線・紫外線/可視光を観測できます。
NICER:NASA主導のミッション。約10 keV以下の軟X線を観測できます。
論文情報
雑誌名:Astronomy & Astrophysics
論文タイトル: Delving into the depths of NGC 3783 with XRISM III. Birth of an ultrafast outflow during a soft flare
著者: Liyi Gu, Keigo Fukumura, Jelle Kaastra, Megan Eckart, Ralf Ballhausen, Ehud Behar, Camille Diez, Matteo Guainazzi, Timothy Kallman, Erin Kara, Chen Li, Missagh Mehdipour, Misaki Mizumoto, Shoji Ogawa, Christos Panagiotou, Matilde Signorini, Atsushi Tanimoto, Keqin Zhao, Hirofumi Noda, Jon Miller, and Satoshi Yamada
DOI番号: 10.1051/0004-6361/202557189
