X線天文衛星のアーカイブデータから、銀河中心ブラックホール近傍のより整合的な物理モデルを提案

御堂岡 拓哉御堂岡 拓哉・東京大学大学院 理学系研究科 / 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

銀河の中心に存在する超巨大ブラックホールの周囲がどうなっているのかを解き明かすことは、現代天文学の目標の一つです。明るく輝いている銀河の中心部は活動銀河核と呼ばれます。活動銀河核の中心ブラックホール周辺は特にX線放射が卓越しているため、物理環境を解き明かすにはX線観測が不可欠です。

本研究では、NGC 5548という活動銀河核について、3つのX線天文衛星で取得した広帯域X線スペクトルを用いた研究を行いました。先行研究ではNGC 5548のX線スペクトル変動を複雑なモデルで説明していたのですが、物理的に相関し得ないパラメータ同士に相関が出ていました。我々はこの相関は必要以上のパラメータを含んだモデル設定による「パラメータ縮退」と考え、よりシンプルなモデル構築を試みました。結果として、二重構造を持った塊状の物体が視線上を横切っているというシンプルなモデルで、一見複雑なX線スペクトル変動を説明することに成功しました。

研究概要

「活動銀河核」は、銀河の明るく光る中心領域です。その中心にある超巨大ブラックホール*1に物質が落ちることにより生じる大きなエネルギーがX線に変換され明るく輝いています。ブラックホールの周りの環境を仮定しシミュレーションすることで、どのようなX線スペクトル*2が得られるか理論的に予測できます。このようにして得られたモデルスペクトルと観測で得られたスペクトルを比較し、両者が適合するようモデルパラメータを最適化することで、X線を放射しているブラックホール近傍の環境を制限することが可能です。これは天文業界で最も標準的な解析手法の一つですが、最適化に用いる物理モデルを決定するのは各研究者の自由なので、異なった物理モデルで同じ観測スペクトルを説明できてしまうことが多々あります。

活動銀河核の中心ブラックホール周辺には降着円盤*3、コロナ*4、複数の吸収体が存在することがわかっています。一方で、コロナと吸収体の幾何構造や力学状態については数多くのモデルが提唱されています。どのモデルも観測スペクトルの説明は可能であるため、モデルの良し悪しを判断するには観測スペクトルとの適合以外の切り口が必要です。

本研究では、NGC 5548という活動銀河核について、3つのX線天文衛星で取得したアーカイブデータ*5を用いて研究を行いました。ある先行研究は2年間にわたるX線スペクトル変化に対し、二層の独立な部分吸収体*6を仮定したモデルを適用し、コロナから放射されたベキ型スペクトルの光子指数*7と片方の部分吸収体による部分吸収率との間に相関があると報告しました。しかし、X線放射機構自体に由来する光子指数とコロナから遠く離れた吸収体が放射源を隠す割合が相関するのは物理的に不自然です。

Fig.1
図1 本研究により提案したモデルの概略図(Midooka et al., 2022, Fig.3を改変)。ブラックホールの周囲を取り巻くコロナからX線が放射され(青線P)、視線上の複数の吸収体W1, W2, W3により吸収を受けたX線が観測される。このうち、W1, W2は二重の内部構造を持ったガス塊であり、X線を部分的に吸収する。部分吸収率が時間変化することにより、観測されるX線スペクトル変動の大半が説明できる。

そこで、我々はこの相関は必要以上のパラメータを含んだモデル設定による「パラメータ縮退」と考え、よりシンプルなスペクトルモデル構築を試みました。図1に我々の提案したモデルの概略図を示します。結果として、二重構造を持った塊状の物体(図1のW1, W2)が視線上を部分的に遮り、X線源を覆う割合が変化しているというシンプルなモデルで、不自然なパラメータ相関無しに、16年間のX線スペクトル変動を説明することに成功しました。

本研究はスペクトル解析で閉じることなく、得られた物理パラメータの正当性を吟味することで、超巨大ブラックホール近傍環境のより現実的な物理モデルを構築することに成功しました。今後はXRISM衛星*8により超精密分光データが得られる予定です。XRISMデータに対し本研究で提案したモデルを適用することで、現在我々が抱いている物理描像の整合性を確認し、より現実に即した物理環境の理解へ繋がると期待しています。

用語解説

  • *1 超巨大ブラックホール : 太陽の10万倍から10億倍もの質量を持つブラックホール。ほぼ全ての銀河中心にこのような大きなブラックホールが存在すると考えられている。
  • *2 X線スペクトル : エネルギーごとのX線強度分布。
  • *3 降着円盤 : 周囲から中心ブラックホールにガスが落ち込む際に、ガスの持つ角運動量により円盤が形成される。降着円盤の半径に応じて、可視光、紫外線、X線と幅広い電磁波を放射する。
  • *4 コロナ : 中心ブラックホール近傍に存在するX線放射源。正体は高温プラズマであり、低エネルギーの紫外線・X線と相互作用することで高エネルギーのX線を放射すると考えられている。
  • *5 アーカイブデータ : 衛星の過去観測データはアーカイブ化され、世界中の研究者が自由に使用できるようになっている。自由に使用できるようになるタイミングは衛星ごとにそれぞれで、観測後数ヶ月から数年程度は観測提案者が占有してデータを使用できることが多い。
  • *6 部分吸収体 : X線を部分的に遮蔽するツブツブ状の吸収体。吸収体がX線を遮蔽する割合を部分吸収率という。
  • *7 光子指数 : ベキ型のX線スペクトルの形を特徴づける定数。
  • *8 XRISM衛星 : NASAやESAの協力のもと開始されたJAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星計画。2023年に打ち上げ予定。

論文情報

雑誌名 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
論文タイトル Simple interpretation of the seemingly complicated X-ray spectral variation of NGC 5548
DOI https://doi.org/10.1093/mnras/stac1206
発行日 2022年5月3日
著者 Takuya Midooka, Ken Ebisawa, Misaki Mizumoto, Yasuharu Sugawara
ISAS or
JAXA所属者
御堂岡 拓哉(東京大学大学院 理学系研究科, ISAS宇宙物理学研究系)、海老沢 研(東京大学大学院 理学系研究科, ISAS宇宙物理学研究系)、菅原泰晴(ISAS宇宙物理学研究系)

関連リンク

執筆者

御堂岡 拓哉(MIDOOKA Takuya)

御堂岡 拓哉(MIDOOKA Takuya)
2018年 京都大学 理学部 卒業
2020年 東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 修士課程 修了
2018年-現在 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 海老沢研究室 所属
2020年-現在 東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 博士課程 在籍
2020年4月-現在 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)