X線天文衛星「XRISM」搭載極低温検出器のノイズの影響と軽減を研究!
~KEK 測定器開発センター 測定器開発優秀修士論文賞: 栗原明稀氏 書面インタビュー~
2023年6月26日 | あいさすpeople, 表彰・受賞
2023年4月28日、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の栗原明稀氏が高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所 測定器開発センターによる「測定器開発優秀修士論文賞」を受賞しました!
本賞は測定器開発に関する優れた修士論文を表彰する賞で、宇宙分野以外にも、素粒子分野、原子核分野などの関連分野を対象に、指導教員の推薦による応募の中から例年2編が選定されています。
今回は受賞者の栗原明稀氏に書面インタビューにて受賞対象となった修士論文の研究内容や受賞の感想などをお伺いしました。
この度は「測定器開発優秀修士論文賞」の受賞、おめでとうございます!今回の受賞対象である「測定器」は、どのようなものなのですか?
ありがとうございます!
私の修士論文で扱った「測定器」は、今年打上げ予定のX線天文衛星「XRISM」に搭載される精密X線分光器Resolveです。X線は私たちの目に見える可視光帯に比べて、波長が短くエネルギーが高い光を指します。そのため、X線観測は宇宙の高エネルギー現象を理解するうえで大切な役割を果たしています。分光器というのはその名の通り、「光を波長、すなわちエネルギーごとに分ける」装置ですね。その際、光のエネルギーをどれだけ精密に測定できるか、が重要です。この性能指標をエネルギー分解能といいます。Resolveはなんと、X線帯で史上最高のエネルギー分解能を達成すると期待されています!
栗原さんの修士論文「XRISM 衛星搭載極低温検出器における電磁干渉の影響評価と低減」ではどのような研究を行ったのでしょうか?
精密X線分光器Resolveの革新的な性能を引き出すうえでの大敵が、測定器外部からのノイズです。私の修論の大きな目的は、この外部ノイズの1つである「衛星バス*2機器からの電磁干渉*3ノイズ」が、Resolveのエネルギー分解能をどの程度劣化させるか評価すること、そしてその劣化を抑えるための対策について研究することでした。この電磁干渉ノイズは、XRISMの先代であるASTRO-H*4での劣化経験を踏まえ、XRISMプロジェクトにおける3大技術リスクに挙げられていた問題でもあります。
XRISMでは3種類の電磁干渉源候補がありました。一つ目が地球との通信を行うアンテナ放射、二つ目は衛星姿勢制御に用いられる磁気トルカ*5がつくる磁場、そして三つ目が衛星機器に供給される電圧のゆらぎです。それぞれに対して、地上衛星試験と電磁界シミュレーションを組み合わせて評価を行い、許容される劣化量以内であることを確認しました。また、打上げ後に万が一、干渉が悪化する可能性を想定し、ノイズ軽減のデータ処理手法の開発も行いました。
この研究の魅力はどのようなところでしょう。
電磁干渉というのは、意外と私たちの生活になじみのある問題だったりします。例えば、混雑時の優先席付近だったり、運航中の飛行機内だったりで、携帯電話の使用を控えるのは、精密な医療機器や操縦室の機器に対する電磁干渉のリスクを抑えるためです。近年では、車の自動運転技術の発達に伴い、電磁干渉のリスクがこれまで以上に注目されています。
その一方で、天文衛星における電磁干渉対策・設計の方法論は十分確立されていない現状がありました。私の修士論文はこの分野における先駆的な研究となっているところに意義があり、それが魅力なのではないかなと思います。特に電磁界シミュレーションにおいて、従来は困難とされていた衛星の詳細なモデルを用いた計算を、スーパーコンピュータ「富岳」を用いることで実現したことは大きなハイライトですね(富士通社のプレスリリースとしても公開されています!)。なお、Resolveのような極低温環境下で高感度を実現する測定器は、計画中の将来天文衛星ミッションでも多数搭載予定です。必然的に電磁干渉がリスクとなるので、本修論で行った電磁界シミュレーションと地上試験を組み合わせる手法を適用できるはずだと期待しています。
栗原さんがこの研究で喜びを感じた瞬間は?
一つ前で述べたのは学術的な魅力でしたが、私個人にとってのこの研究の魅力は、XRISMという一大プロジェクトの抱える問題に、プロフェッショナルの方々(研究者、企業の方々、JAXAの職員さん、NASAなどからの海外の技術者等)の力を借りながら取り組める点です。大変だったことも多く、自分の力不足を感じることはよくありましたが、このようなぜいたくで貴重な経験は自分自身を大きく成長させてくれたと感じています。
印象に残っていることはありますか?
地上試験の準備期間ですね。筑波宇宙センターで行われる本試験に向けて、試験設計や器材の製作、ISASでの予備測定に携わりました。当初の私ははんだ付けさえままならなかったのですが、自分の担当が遅れることで、本試験のスケジュールに支障が生じることはなんとしても避けたかったので、頑張りました。アンテナやソレノイド*6など、自作した器材で試験をやり遂げられたときの達成感は今でも覚えています。指導教員をはじめ、多くの人に協力していただいたおかげです。
この研究を始めたきっかけは?
宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系の辻本匡弘准教授に「XRISMの電磁干渉問題」というテーマをぜひやってみないかとお誘いをうけました。辻本先生はResolve装置のsub PI(副責任者)で、試験等が大変忙しい中、研究指導の時間を確保してくださいました。先生のご指導無しに今回の受賞はなかったため、とても感謝しています。ちなみに、私以外の研究室メンバーにもXRISMプロジェクトに研究テーマを持っているなどの理由で携わってきた人も多く、それらの活動がXRISMプロジェクトから評価され、表彰を受けたときの写真を以下に載せますね。みんなで色違いのXRISMジャケットを着ています。
受賞を知った時の気持ちは?
メールで受賞の連絡を頂いたときには、とても驚きました!
自分が頑張って取り組んできたことを評価して頂けることは、とても嬉しく、ありがたいです。
受賞はどなたに報告されましたか?
まず指導教員である海老沢研先生・辻本先生と家族、そして修論の謝辞に記載した方々に報告しました。共同研究者の方、Resolveチームの方、試験準備でお世話になった方、電磁界シミュレーションでお世話になった方、研究室のみなさん、同期、資金援助いただいたプログラム・奨学金先が含まれています。祝福の言葉をいただくたびに、受賞の実感が深まっていきました。少しですが、恩返しができて良かったです。また、受賞がHPに掲載されたのち、学部時代の恩師からもお祝いのメールをいただき、これからの励みになりました。
今後の目標を教えてください。
筑波宇宙センターでの地上試験を終えたXRISM衛星は、今年3月14日に射場である種子島へ輸送されました。今は、無事に打ち上がってほしい、という気持ちでいっぱいです(自分がXRISMに携わったのはわずか2年ですが、それでもかなり強い思い入れがあります。私よりもずっと長い年月を費やしている人たちの思いは、きっと計り知れないものなのでしょうね,,,)。そしてゆくゆくは、XRISM搭載のResolveによって取得されるデータを用いた研究を行い、博士号を取得したいと思います。今はその準備として、他のX線天文衛星の観測データを使った解析に勤しみたいと思います。
用語解説
- *1 XRISM : X-Ray Imaging and Spectroscopy Missionの頭文字をとって名付けられたJAXA宇宙科学研究所の7番目のX線天文衛星。先代のASTRO-Hミッションを引き継ぎ、2023年度打上げ予定。
プロジェクトページ、公式note - *2 衛星バス : 衛星搭載機器のうち、運用に必要となる基本的な機能を担うもの。ミッションを行う機器群を指すミッション部と対になることが多い。
- *3 電磁干渉 : 電子機器が電磁的な相互作用を通してほかの危機に悪影響を及ぼす現象。
- *4 ASTRO-H : https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/past/hitomi.html
- *5 磁気トルカ : 衛星姿勢制御に用いられるソレノイド。地磁気と相互作用することで、衛星に蓄積された不要な角運動量を捨てる役割を担う。
- *6 ソレノイド : 導線が円筒形に沿ってらせん状に巻かれたコイルを指す。電流を流すと、中心軸に沿って磁場が形成される。
受賞情報
受賞年月日 | 受賞者 | 受賞者所属 | 受賞内容 | リンク等 |
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2023/04/28 | 栗原 明稀 | 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 | 高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所 測定器開発センター「測定器開発優秀修士論文賞」 | 第13回測定器開発優秀修士論文賞 |