サマリ(ポイント)

  • 火星衛星フォボス表面には、火星全表面での隕石衝突で掘り起こされ飛び出した多様な物質が降り積もっている。
  • NASA-ESA が主導する火星サンプルリターン計画(Mars Sample Return: MSR)では、火星本体にあるジェゼロ・クレーターから大量の火星物質の採取、対してJAXA火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration:MMX)では、火星の衛星フォボス表面から多様な火星物質を採取することも計画している。
  • MSRとMMXが協働することで、火星生命の痕跡を多角的に調査する能力が向上し、2020年代における火星生命探査新時代の幕開けを加速する。

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『地球はどのようにして生命惑星となったのか?』。『地球以外に生命はいるのか?』。誰でも一度は思ったことのある疑問は、惑星探査においてもトップに掲げられる課題である。地球だけを見ていても答えは出ないであろうという考えが、その背景にある。

現在では表面が干からびてしまった火星だが、35億年前頃まではその表面に海があったと考えられる。そして、2020年代、世界各国の宇宙機関が火星に目を向けている。「地球外で生命の痕跡を探すなら、まずは、かつて地球に似た環境があった火星であろう」というのが、その戦略である。

NASAとESAが協働で進める「Mars sample return:MSR(火星サンプルリターン)」計画は、Jezero(ジェゼロ)クレーターの土壌サンプルを大量に採取し、地球に持ち帰る計画である。2020年2月、無事に火星に着陸したNASAのロ―ヴァーは、そのサンプルを採取し輸送用の容器に収納する役割を担っている。この後に打ち上げられる予定の回収システムにより火星表面で拾い上げられた容器は、早ければ2031年に地球帰還予定である。

ジェゼロ・クレーターは、数十億年前まで巨大な湖が存在していた可能性がある場所であり、粘土鉱物など水の存在を示唆する鉱物が発見されていることから、生命の痕跡が残っている可能性が期待されている。NASA-ESAはこのポイントに着目することで、この地域を精査することとした。しかし、地球や火星のようなサイズの天体の場合、ある一部の場所からの情報に基づいて惑星全体を議論することができるとは考えるべきではない。

そこで、火星衛星フォボスの表面物質に新たな期待が寄せられる。その理由は、フォボス表面には、火星上にランダムに発生する無数の小隕石衝突によって掘り起こされた火星物質が飛来して降り積もっていると、最新のコンピューターシミュレーションによって明らかになったからである。さらに「Martian Moons eXploration:MMX(火星衛星探査)」計画でフォボスサンプルリターンを狙う我々に好都合なのは、フォボスは火星の近くを回っているため、掘り起こされた火星物質がドロドロに溶けるほどの衝撃を必要とせずにフォボスまで飛来できるということである*1。つまり、火星生命の痕跡が壊れずにフォボスまで運ばれ得る。

JAXA/MMX計画は、2024年打ち上げ予定である*2。MMX計画ではフォボスに着陸し、少なくとも異なる2箇所から合計10g以上の表層物質サンプル採取を目指している(はやぶさ2では打ち上げ前の目標が0.1gだったので、MMX計画はその100倍の量を目指す)。

そもそもMMX計画は、はやぶさ2に続く小天体サンプルリターンとして、太陽系始原物質の獲得を目指している。フォボスの起源が、火星重力によって捕獲されたD型小惑星だった場合は(観測データではD型小惑星を連想させる表面をしている)、フォボスからD型小惑星に多く含まれると考えられる有機物などの始原物質採取が期待される。一方、フォボスが太古の火星に発生した巨大衝突破片から形成された場合は(巨大衝突の証拠として火星北半球に巨大盆地が存在する)、フォボスは太古の火星物質と衝突天体物質の混合で形成される。この場合、フォボスからのサンプルリターンは、太古の火星物質獲得を意味する。

そして、フォボスの起源に関わらず、上述の無数の小隕石衝突によって火星表層が掘り起こされ、フォボスには火星表層物質が降り積もっているわけである。MMX計画の地球帰還予定が2029年であることから、MSRよりも早い火星圏からのサンプルリターンになることが期待される。つまりJAXAは、MMX計画により、フォボスの起源に関わる火星衛星物質だけではなく、火星生命の痕跡を含みうる多様な火星表層物質の世界初となるサンプルリターンを目指す。

JAXA宇宙科学研究所の兵頭龍樹博士は、MSRとMMXのサイエンスメンバーと共に、上述のMSRとMMXのそれぞれが達成しうる火星圏での生命探査の可能性をまとめた上で比較し、国際学術誌 Science に発表した。

" MSRでは、ジェゼロ・クレーターに限られるが、そこを詳細に調べることで、もし存在すれば生きた生命までも発見できる可能性を秘めている。一方MMXでは、火星全表面から掘り起こされた多様な物質をフォボスから持ち帰ることで、火星で太古に化石化した生命の痕跡や最近まで存在していた生命の死骸やDNAの破片を発見できる可能性がある*2" と兵頭龍樹博士は言う。

なお、今回の研究成果はMMX計画の惑星保護分類に影響を与えることはない*3。仮に微生物が火星表層に存在していたとしても、衝突滅菌と放射滅菌によって死滅するため、MMX計画で地球に持ち帰る火星衛星サンプル中に生きた微生物が存在する確率は、従来の見積もり通り100万分の1以下となるからである。つまり、"安全な"死骸として存在する可能性を示唆しており、ある意味、"安全"であることが"退屈"や"無価値"と同義ではないこと、"死骸"の高い価値にあらためて気づいたことが、今回の論文でのポイントである。さらに最新の研究により、フォボス表面で期待される火星サンプル量が従来の見積もりよりも10-100倍多いと報告されている*4

MSRとMMX、このように互いの意義が明確になった今、二つの計画が連携協働して『地球の外に誰かいるのか?』の答えに辿り着くヒントを手に入れることを目指す。2020年代、火星生命探査はそのような新時代に突入し、JAXAのMMXにはそこで果たすべき役割がある。

火星物質の輸送イメージ

火星物質の輸送イメージ。火星のランダムな場所に無数の小隕石衝突が発生し、火星表面物質が掘り起こされる。火星衛星フォボスは、火星の近くを回っているため、溶けるほどの衝撃を必要とせずに火星からフォボスに物質が輸送される。つまり、火星で太古に化石化した生命の痕跡や最近まで存在していた生命の死骸やDNA破片がフォボスに降り積もっている可能性がある。一方、掘り起こされた火星物質が稀に地球まで飛んでくることがある(これが火星隕石と呼ばれるものである)。しかし、地球まで弾き飛ばすには、火星での隕石衝突時に莫大な衝撃を必要とする。それゆえ、火星隕石には火星生命の痕跡は含まれないだろう(実際に発見されている火星隕石は全てマグマが冷え固まってできた火成岩である)。

用語説明

*1 火星のもう一つの衛星デイモスに輸送される火星表層物質の量は、デイモスがフォボスよりも火星から離れた距離を公転しているため、フォボスに比べて約20倍小さくなる。

*2 詳細はこちら:https://www.mmx.jaxa.jp

*3 詳細はこちら:https://www.jaxa.jp/press/2019/09/20190906b_j.html

*4 詳細はこちら:https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/posts/gateway/20210208/

論文情報

原題:Searching for life on Mars and its moons
雑誌名:Science
出版日:2021年8月13日 (日本時間)
DOI:10.1126/science.abj1512
主著者:兵頭龍樹(ひょうどう りゅうき)/ JAXA宇宙科学研究所
共著者:臼井寛裕(うすい ともひろ)/ JAXA宇宙科学研究所
関連リンク:https://members.elsi.jp/~hyodo/English/index.html
連絡先:兵頭龍樹 / hyodo@elsi.jp

解説動画・資料(記者説明会)

説明会資料:火星生命探査におけるMMXの役割に関する記者説明会