宇宙科学ミッションは多くの人達の多様な貢献で成り立っていますが、その中でも共通技術という領域で活躍している集団がいます。共通技術とはどのプロジェクトにも必要とされるミッション横断的な技術を指します。汎用性の高い技術から応用に特化した技術まで幅広い領域にわたり、プロジェクトを支える縁の下の力持ち、あるいは新たなミッションを生み出す原動力になっています。宇宙科学を推進する技術集団として研究基盤・技術という名の下に現在11の技術組織(1ユニット、10グループ/以下、グループをGと表記する)が配置され、ISASの研究系はもとより、JAXA研究開発部門の技術ユニットとも連携して宇宙科学ミッションを推進しています。

地球外物質研究G(キュレーション)・月惑星探査データ解析G(JLPEDA)・先端工作技術Gは2010年代半ばに作られたグループで、宇宙科学の可能性をさらに拡げていこうというISASの攻めの姿勢を表しています。「はやぶさ2」の試料を分析している地球外物質研究Gは来るべき本格的惑星探査時代の中心的存在です。月惑星探査データ解析Gはビッグデータなど最新の技術を駆使した天体の地形データ解析などでミッションを先導しています。最も現場に近いところで宇宙科学を支えているのが先端工作技術Gで、単にモノを作るだけではなく設計開発に深く関わった活動でプロジェクトの卵を温める役割を果たしています。例えば、再使用実験機RV-Xでは飛行試験用のフライトモデルを作っています(写真)。

写真:飛翔工学研究系と共同開発したRV-X用QD(飛行試験用液体水素供給離脱継手)

写真:飛翔工学研究系と共同開発したRV-X用QD(飛行試験用液体水素供給離脱継手)@地上燃焼試験(2021年9月)(搭載状態)。

一方、科学衛星運用・データ利用ユニット(C-SODA)は歴史が長く、科学衛星・探査機の運用とデータアーカイブ事業を担う縁の下の力持ちと言えます。また、深宇宙追跡技術Gは深宇宙探査に不可欠の遠距離通信と軌道決定技術の高度化を図っており、今後の発展的活動に期待がかかっています。

この他、大学共同利用実験調整G・能代ロケット実験場G・あきる野実験施設G・基盤技術Gは、宇宙研の試験設備に関わる技術開発とユーザー支援を通してミッション機器やプロジェクト開発に貢献しています。さらに、大気球実験G・観測ロケット実験Gは人材育成プラットフォームとして今後ますますその重要性が増していくでしょう。

これら宇宙科学固有の応用技術領域とは別に、汎用性と時間的連続性の高い専門技術(軌道・誘導制御・ロボティクス・通信・電源・デバイスや推進・構造材料・熱・空力など)については、これまで教育職と技術系一般職がバーチャルな体制を組んで技術開発とプロジェクト支援を担ってきました。バーチャル体制とは高度の専門家(いわゆる匠)達が誰に気兼ねすることなく自分達の裁量で自由に活動できることを意味し、この大らかさこそがISASの真骨頂とも言えます。しかし、技術のフロントローディングを推進する盤石の受け皿を整えたいという強い動機もあり、試験技術の開発・運用を行ってきた基盤技術Gに、これらバーチャル体制で担ってきた専門技術も集約し、昨年4月に「専門・基盤技術」というグループとして組織化しました。匠の力をチームとして編成し総合力を高めるということです。

高度な技術開発と並んでISASの重要な役割として人材育成があります。新人研修やOJT(職場教育)はもちろんですが、期待の中心は将来のJAXAを担う研究者・技術者の養成(高等教育)にあります。挑戦的ミッションとインハウスの研究開発環境という土俵があり、しかも教育職という教育の専門家がいるISASの特性はJAXA内外にとって魅力的です。しかし、これまでの人材育成はいわゆる個人商店の丁稚奉公方式でした。これもISASの良いところですが、親方と弟子の相性で育成の効果はまちまちとなります。そこでこれからは人材育成を上述した専門技術領域ごとのチームとして組織的に行い、育成プロセスの効率と透明性を高めようと考えています。なんだか属人的な部分が排除されるようで少し寂しいですが、そんなことは決してありません。技術は人で伝えるという精神を忘れなければ大丈夫です。

かつてM-Vロケット初号機の打上げ前に、実験主任だった小野田 淳次郎先生*1に言われました。「川口(淳一郎)君*2が倒れても打てるようにしてくれ」。なるほど、と思いました。スーパーマンが倒れたら一巻の終わりというわけにはいかない。そこで石井 信明先生*3や当時助手だった山川 宏先生*4と対策を練ったのですが、それは大変良い勉強になりました。それ以来、「例え自分達がいなくても困らないように」がM-Vの中枢にいる人達の合言葉となりました。もちろん、それは技術が最高レベルに達しているからこそできる芸当です。そもそも技術は人そのものであり、特別な熱意が特別な技術を磨き、それが不可能を可能とし、それがまた人から人に伝わっていく。それこそが宇宙研が今日に至った原動力でもあります。不可能を可能とする人の力を匠と呼ぶなら、匠をチーム化して総合力を高めようというのが共通技術の考え方なのです。

*1: JAXA名誉教授、元ISAS所長 *2:JAXA名誉教授、元「はやぶさ」プロジェクトマネージャ *3:ISAS教授、能代ロケット実験場所長 *4: 現JAXA理事長

【 ISASニュース 2022年2月号(No.491) 掲載】