月惑星探査データ解析グループ(JAXA Lunar and PlanetaryExploration Data Analysis group : JLPEDA)は、2016年に新設されたグループです。これまで日本では、惑星探査によって得られた観測データ(以後「探査データ」)の解析は、大学等に所属する個々の研究者の技術や処理能力に依存して行われてきました。ところが「かぐや」以降、探査データの量や種類が急増し、ユーザ個々人の努力では処理しきれない状況になりつつあります。一方、科学研究のためだけでなく、将来の探査ミッション検討や効率的な運用のために、探査データの処理・解析ニーズは高まり続けています。すでに米国ではNASA内部や米国地質調査所(USGS)の宇宙地質学センターに、ESAでは欧州宇宙天文学センター(ESAC)の科学データセンター等に、探査データ処理・解析専門組織が整備され、次の探査計画検討支援や、高次処理されたデータプロダクト創出による科学成果の増大化を行っています。JAXAにも、あらゆる探査データに精通し処理・解析技術に特化した組織の設立が求められ、それがJLPEDA発足のきっかけとなりました。

現在JLPEDAでは、主に5つの活動:①探査プロジェクト・シナリオ検討に資するデータ解析、②サイエンス研究に資する高次処理プロダクトの創出、③探査データをブラウザで容易に表示・解析・配信できるシステムの開発、④情報科学分野の手法を取り入れた新しい解析手法の開発、⑤探査データのアーカイブ化支援、を行っています。

特に①と⑤は、JAXAの探査ミッションに密接に関連している活動です。これまでの実績をいくつかご紹介すると、①では主に月極域探査ミッション(LUPEX)の着陸地点検討に必要なデータ解析を行ってきました。地球と異なり自転軸が立っている月の極域では、年間を通じて太陽高度が低く、常に日が当たらない永久影領域と、白夜のように日が沈まない超長期日照領域が存在します。これら領域の正確な特定には、地形データ(DEM)を用いた太陽光の光線追跡シミュレーションを用いますが、いかに高解像度で人工的なノイズの少ないDEMを用意できるかが結果を左右します。NASAなどが公開しているDEMにはノイズが多かったため、JLPEDAではレーザー高度計の点群データや高解像度画像などを駆使し、より高精度で信頼性の高いDEM作成と、その作成技術を開発するところから行ってきました。独自開発アルゴリズムにより、画像から全ボルダー(礫)の位置と大きさを検出したり、上記のDEMから生成される傾斜分布などを使って、着陸ハザードマップを作成したりもしました。LUPEXは月面の水氷探査なので地表温度分布も重要で、熱観測データを使って任意の場所・任意の時刻における温度状態を推定する試みも行っています。今後はMMXの着陸探査に向け、Phobosの重力場計算や訓練用模擬地形の作成なども行っていく予定です。

一方⑤は新しい取り組みで、昨年度から準備を進めてきました。ここで言う「アーカイブ化」とは、探査によって新しく得られたデータをISASのデータ公開サイトに登録する前に、国際標準(Planetary Data System version 4: PDS4)に準ずる形に整備することです。この国際標準は、収集されたデータが数世代先および他分野のユーザでも読み取れ、継続した幅広い価値の創出が可能となるよう、データ利用時に必要とされるすべての情報を統一されたフォーマットで記述することを要求しており、必要であれば国外機関の審査を経て、ようやく準拠が認められるものです。これまでは各機器開発チームがそれぞれ自らの努力でデータのアーカイブ化を行ってきましたが、それが本来最も労力を注ぐべき科学成果創出の大きな足枷となってきました。アーカイブ化に必要な知識と技術を蓄積・継承し、アーカイブ化作業の支援(規模的に可能であれば代行)を行う定常組織となって、機器チームの負担を大幅に減らし、科学成果創出に存分に力を注いでもらうのがこの活動の目的です。具体的には、機器開発段階でのテレメトリ情報項目のレビュー、SPICEカーネルとデータ説明文書の作成(もしくは作成支援)、観測データのPDS4準拠化、などの作業を想定し活動を行っています。

JLPEDAの活動詳細やご相談連絡先については、当グループホームページをご覧ください。
https://jlpeda.jaxa.jp/

*軌道・探査機の姿勢・カメラ視野などの補助情報を、JPLが定めるファイル形式で格納したもの。

図

月極域(> 84ºS)における、地球との通信可視性マップ(左)と日照率マップ(右)。高精度化したDEMをもとに、2022/4 ~ 2024/3の2年間を想定し行った日照・地球可視性シミュレーションの結果。

【 ISASニュース 2022年5月号(No.494) 掲載】