宇宙科学研究所は、人工衛星・探査機プロジェクトに加えて、小型飛翔体プログラムを推進しています。小型飛翔体は、トライアンドエラーで将来の宇宙科学を切り拓く先駆者として、研究推進のみならず、それを通じた人材育成の役割も担っています。大気球実験グループは、観測ロケットと並ぶ小型飛翔体の柱である大気球 [だいききゅう](宇宙科学用の気球)の飛翔運用、ユーザーのサポート、関連研究開発を担っています。

大気球実験グループは1965年に東京大学宇宙航空研究所に設置された気球工学部門を源流とします。大気球実験は、1966年の茨城県大洋村に始まり、福島県原町市、岩手県三陸町、そして2008年からは北海道大樹町を拠点として進められてきました。この間に約650機の実験が実施され、多くの学術成果が挙げられています。

大気球実験は人工衛星や観測ロケットと比べて飛翔条件が緩く、短い準備期間と少ないコストで実現できます。高頻度の飛翔機会を得られ、着想から短期間で実験実施に至ることができるため、最先端の宇宙科学研究にタイムリーに挑戦できるフロンティアとなっています。これまでも宇宙の観測、高層大気の観測、新技術の実証などが実施され、最先端の科学成果が得られています。獲得した成果や技術がより大規模な実験や人工衛星・探査機に発展した例も多いです。また、技術的ハードルが低く、実験の計画から成果創出に至るミッションサイクル全体を短期間で体験できることから、学生や若手研究者をはじめ飛翔体実験を行ったことがない研究者でも宇宙科学に取り組める入口として、あるいは、将来の宇宙科学を切り拓く新しい技術の実証の場として、学術コミュニティに活用されています。

このように、大気球実験は宇宙科学プログラムにおける「宇宙への扉」の役割を担っています。

大気球実験は、毎年実施される全国の研究者への公募をもとに大気球専門委員会で観測実行計画を審議決定し、その計画を大気球実験グループが中心になって実行する、という体制で進められています。また、大気球実験グループは、実行部隊としての役割に留まらず、全国の研究者が優れた科学成果を創出できるように、着想段階から研究者と共同研究・意見交換・指導助言なども行い、日本の大気球実験ひいては宇宙科学研究を先導する役割も有しています。

大気球実験グループは10名程度の職員で構成されています。事業実施部門としては小規模で、毎年全国の研究者から提案される(または提案される見込みである)多数の実験計画に適切に関与するには決して十分ではありません。しかし、メンバー一人一人が豊富なミッション経験を持つ一騎当千のツワモノであり、とりわけ実験現場の対応能力やプロジェクトマネージメントの実践力に長けた精鋭集団(でありたい)と思っています。また、少数であるがゆえ、高い柔軟性とチームワークで効率性を高め、創出される科学成果を最大化するよう努めています。

日本の大気球実験は、狭い国土や限られた予算・マンパワーなど、諸外国と比べると不利な環境のなか、日本独自のアイデアと技術開発を重ねることで、世界と伍してきました。狭い実験場から安全に気球を放球(打上げ)できる多様な放球方法、世界最高到達高度も記録した超薄膜高高度気球、狭い空域内でも長い飛翔時間を実現する飛翔運用方法、実験装置を海上に着水させ確実に回収する技術など、具体例は枚挙にいとまがありません。近年は地球温暖化による気候変動で飛翔機会が減るなど、新たな課題にも直面していますが、大気球実験の土壌であるチャレンジ精神を大切にし、また、大気球実験グループの枠にとらわれず広範な英知を結集することで、突破したいと思っています。

宇宙科学が高度化するなか、宇宙科学の将来を担う萌芽的研究や人材育成の場としての大気球実験の役割は色あせておらず、むしろ「宇宙への扉」としての存在意義は一層高まっています。扉の向こうを覗いてみたい方は、お気軽にお声掛けください。

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さながら町工場のような大気球実験グループの実験室では、複数の研究チームが同居して実験の準備を進めています。装置の製作からデータ解析まで、研究者や学生が文字通り自らの手で実践できるのも大気球実験の特色の1 つです。

【 ISASニュース 2023年2月号(No.503) 掲載】