火星衛星探査計画MMX(Martian Moons eXploration)は火星衛星(フォボスおよびダイモス)を観測し、最終的にフォボスに着陸してその表面から採取したサンプルを地球に持ち帰るサンプルリターンミッションです。サンプルリターンミッションでは、帰還試料を地球物質の混入による汚染から守り、その質を担保することが非常に重要です *1。そのため、全ミッション期間を通じて、厳格な汚染管理を実施しています。
MMXの汚染管理方針
探査機の汚染管理の基本は、第一に汚染物質の混入を最小限に抑えること、第二に汚染評価を実施すること、そして第三は、汚染混入時に汚染物質を識別できるよう、使用部材をサンプル片として保管することです。
MMXでは、理学目標に対応して、汚染管理の対象となる物質とその汚染物質許容量を設定しています。対象物質は大きく分けて有機物質と無機物質の2種類あり、有機物質の方は炭素質コンドライトに存在する有機分子(炭化水素、アミノ酸、カルボン酸など)が基準となっており、無機物質の方は火星衛星の起源判別に必要な元素(クロム、チタン、モリブデンなど)や年代測定に必要な元素(ウラン、鉛、ハフニウム、タングステン、希土類元素等)等が対象となっています。
MMXにおいて汚染管理上、最重要となるミッション機器は2つのサンプリング装置(C-SMPおよびP-SMP)*2であり、その関連機器(P-SMPが付属する着陸脚フットパッドなど)も管理対象となっています。探査機の汚染管理はその設計段階から始まり、可能な限り汚染管理の対象物質が含まれないような材料を選定しています。そして、フライトモデル(FM)の製造段階になると、ATLO(Assembly, Test, and Launch Operations)と呼ばれる汚染管理のクリティカルフェーズに入り、汚染管理活動の繁忙期になります。
ALTOフェーズにおける汚染管理
現在、MMXは2026年に打上げを控え、探査機打上げまでの最終段階であるATLOフェーズにあります。ALTOは最も多くの人(=汚染源)が関わるフェーズであり、探査機の設置環境も各製造メーカーのクリーンルームから射場へと変化していきます。
汚染管理の対象となるミッション機器は、FMの組み上げ前に精密洗浄が施されます。精密洗浄はフルコース洗浄と呼ばれる複数の極性の異なる有機溶媒や超純水を用いた超音波洗浄プロトコルで、ISAS/JAXAのキュレーション施設にて実施します(図1)。また、フルコース洗浄が不可能な部品には有機溶媒を使用したワイプ洗浄を実施します。FMは清浄度がISO Class8 *3 以上のクリーンルームにて管理されますが、組み上がった後も常に清浄な窒素ガスをパージし続けることで外環境からの汚染物質の混入を防いでいます。そして、システム総合試験の後は再び部品レベルに分解され、リファービッシュとして最終洗浄が施されます。
図1: ISAS/JAXAキュレーションが実施する精密洗浄(フルコース洗浄)のフロー
さらにATLOでは、FMの設置環境の常時環境モニタリングも実施しています。パーティクル数がISO Class8を逸脱した場合にはアラートを発する体制になっており、万一、汚染が発生した際にはその原因究明や影響評価、必要に応じて洗浄作業を実施します。また、様々な捕集材から構成されたコンタミクーポンセット*4 を常時、FMの近くに設置して環境中に存在する汚染物質をサンプリングしています(図2)。さらに、FMの組み立て・試験環境の詳細な汚染評価として、浮遊塵捕集機を用いた大気中の汚染物質のサンプリングや集積塵のワイプサンプリング、微生物サンプリングも実施しています。汚染管理活動は種子島の射場でも継続され、フェアリング内にもコンタミクーポンセットは設置されます。また、サンプラーやサンプルコンテナにはウィットネスプレートと呼ばれるサファイアグラスが搭載されており、フライト中も含めた汚染評価がなされます。そして、地球帰還時も同様に汚染管理活動は続けられます。このようにMMXでは、フォボスリターンサンプルの理学的価値を守るべく、全ミッション期間を通じて徹底した汚染管理を実施しています。
図2:コンタミクー ポンセット
【参考文献】
*1 木村駿太、他 「宇宙探査における惑星保護と汚染管理 〜 JAXA 宇宙科学研究所における取組み〜」、 ミッションに関連して思うこと。 宇宙科学研究所、 2023
*2 C-SMP(Coring-Sampler)については本連載第8回を参照。P-SMP(Pneumatic-Sampler)はNASA 提供のニューマティック方式のサンプリング装置で窒素ガスを吹き付けて最表面のサンプルを採取する。
*3 クリーンルームの空気清浄度の国際統一規格。ISO Class8 は従来使われてきた米国連邦規格では、Class 100,000(1cf(1立方フィート=0.028 m3)当たりの0.5μm以上の粒子の個数で定義)に相当する。
* 4 Sawada H. et al.,:Hayabusa2 Sampler: Collection of Asteroidal Surface Material. Space Science Reviews, 208, 81‒106, 2017, doi: 10.1007/s11214-017-0338-8
【 ISASニュース 2026年1月号(No.538) 掲載】
