火星衛星探査計画MMXは、2026年度の打上げと2031年度の地球帰還を目指し、現在、プロトフライトモデル(PFM)の製造とシステム総合試験が進められています。このミッションの最大の技術的挑戦の1つは、火星衛星フォボスからのサンプルリターンを実現するために、微小重力環境にある小天体への自律的な降下・着陸運用を成功させることです。

地球からの電波伝搬遅延が4~20分と非常に大きいため、フォボス近傍での運用、特に降下・着陸・離陸の一連のシーケンスは、探査機自身の統合化探査機制御サブシステムの1つの機能である、航法誘導制御機能 ISC(GNC)によって自律的に実行されます。ISC(GNC)は、探査機の姿勢・軌道制御、および着陸を含む航法誘導機能の中核を担っています。

ISC(GNC)を構成する主要な機器には、システム全体を管理する統合化計算機(SMU)、データ処理や画像処理を担うミッションデータ処理装置(MDP)などの演算処理系に加え、姿勢決定用の恒星センサ(STT)、慣性センサ(IMU)、粗太陽センサ(CSS)、そして降下運用に不可欠なレーザ高度計(ALT)、広角航法カメラ(CAM-W)、狭角航法カメラ(CAM-T)などが含まれます(下図参照)。

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図:探査機ミッションパネル面に配置された降下着陸のための主要機器

フォボス降下の難しさ:中間的な天体の特性と運用

フォボスは、地球の月と小惑星リュウグウの「中間的」な特性を持っています。重力は地球の月と比べると約1/300と小さいものの、リュウグウよりも50倍ほど大きいため、近接ホバリングによる時間をかけた降下は消費推薬量の問題で現実的ではありません。

MMXは、フォボス公転座標から見てフォボスを周回する力学的準安定軌道である擬周回軌道(QSO)をメインの観測軌道とし、上空(対地最小17km)から着陸前の地表面情報を得る設計です。

着陸運用は、QSOから接近降下フェーズ(ADP)を経て、着陸目標点上空での垂直降下フェーズ(VDP)へと移行します。ADP中の弾道飛行で蓄積した軌道誤差を、VDPでフルオンボードの航法誘導制御によって徐々に修正し、誘導精度とΔV(速度増分)の節約を両立させることが目標です。

SLIMの技術を継承した自律画像航法

VDPにおいて、探査機の位置・速度をリアルタイムに推定する航法システムが中核となります。これは、IMUやALTの計測値に加え、CAM-Wが取得した画像を処理した結果を拡張カルマンフィルタ(EKF)に取り込むことで実現されます。MMXでは、この画像航法アルゴリズムにおいて、小型月着陸実証機SLIMで開発された技術と知見を最大限に活用しています。

VDP中の画像航法は、高度に応じて2段階で切り替わるのが特徴です。

  1. CB(クレータベース)地形照合航法(高度2km~300m):CAM-W 画像からクレータを抽出し、QSO周回中にCAM-T で事前に作成したクレータマップとパターンマッチングを行います。フォボスの曲率影響を抑えるため、地表面法線方向を指向する姿勢を保つことが航法誤差を減らすうえで重要とされています。
  2. 目標照合航法(高度300m~10m):着陸目標地点近傍のテクスチャ情報(テンプレート画像)とのマッチングを行い、ピンポイント着陸誘導を実現します。

さらに、高度300mおよび100mでは、CAM-W画像を用いて障害物検知機能が実施されます。これは画像輝度分散と地形起伏の相関性に着目し、30cm以上の段差を危険領域と識別するもので、もし障害物を確認した場合は、目標点を変更するかアボート(着陸中止・再上昇)を実施し、探査機の安全を確保します。

最終的に、土壌汚染防止のため、高度約10mでスラスタ噴射を停止し、探査機は自由落下で接地します。ISC(GNC)の誘導目標は、探査機重心を目標地点を中心とした水平10m四方以内に収めることです。

GCLT(Graphical Closed Loop Test):画像航法を含めたISC(GNC)の最終検証手段

ISC(GNC)の詳細設計と搭載ソフトウェア(S/W)の検証を確実にするため、GCLT(Graphical Closed Loop Test)と呼ばれる閉ループシミュレーション環境を構築・実施しました。このGCLT では、システム全体を管理する統合化計算機(SMU)とデータ処理装置(MDP)にGNCの搭載S/Wが実装され、電気的に接続されます。この環境下で、DTS(Dynamics Test Software)が出力する探査機の位置・姿勢情報に基づき、画像シミュレータがフォボスのCGモデルを用いて模擬画像(CAM-W 画像)を生成します。この模擬画像はMDPの画像処理S/Wでリアルタイムに処理され、拡張カルマンフィルタ(EKF)を通した航法値を用いてSMUの誘導制御S/Wで探査機を制御することで、接地時の位置精度要求を満足すること(例えば、あるケースでは10m四方以内の要求に対し十分な精度で接地)が確認されており、MMXの自律降下技術の成立性を裏付けています。

【参考文献】 渡邉 泰之(三菱電機),「MMX の画像航法による降下着陸試験」第69 回 宇宙科学技術連合講演会 4M11 2025

【 ISASニュース 2025年11月号(No.536) 掲載】