MMXが目指すフォボスとダイモスは、火星の衛星でありつつも、リュウグウのような小天体の側面を持つ両義的な天体であり、その起源(つまり、どのように形成されたか)は太陽系形成論における未解決問題の1つとされています。その両義的特徴から、大きく2つの形成仮説、(1)火星への天体衝突により形成されたとする説(巨大衝突説)と、(2)太陽系外縁から飛来した小惑星が火星の重力により捕獲されたとする説(捕獲説)が唱えられています(図1)*1。MMXは、この謎に迫るべく、フォボスの表面からサンプルを採取し地球に持ち帰る世界初の試みです。
図1:フォボス・ダイモスの形成仮説(左:巨大衝突説、右:小惑星捕獲説)を表したイメージ図
サンプルの採取
MMXは2026年に打ち上げられ、火星周回軌道で両衛星を詳細に観測した後、フォボスに複数回着陸して、10g以上のレゴリス(表土)試料を採取し、2031年に地球に帰還する予定です*2。試料の採取では、コアラー方式と窒素ガス圧縮方式の2方式を併用することで、表面から深さ2cm以上にある物質と最表層の微粒子をそれぞれ採取します*3。レゴリス試料にはフォボス自身を構成する内因性の物質と、火星やダイモスから飛来した外因性の物質が混在していると考えられています。そのため、フォボスの起源を判定するには、リモートセンシング観測*3に基づきフォボスを代表する内因性の物質を採取することに加え、それでも混入が避けられない外因性の物質に関しては地球帰還後にJAXAキュレーション施設内での判別作業が必要となります。
サンプルの分析によりわかること― 1:フォボスの起源
MMX探査機により地球に輸送された試料は、まずキュレーション施設*4で厳密な汚染管理のもと、顕微鏡観察などを含む初期的な記載が行われます。この初期記載において、フォボスの起源判定に適した粒子の選定を行い、その後の詳細な初期分析へと移行します。― 果たして、フォボス粒子が小惑星的な物質であるのか、そうでないのか?― 起源の分からないフォボスの詳細な初期分析を行うには、キュレーションにおける事前の初期記載が重要な鍵を握ります。
もしフォボスが小惑星の捕獲によって形成されたのであれば、回収したフォボス試料には、リュウグウのように水を含む鉱物や有機物が豊富に含まれている可能性があります(表1)。これは、太陽系外縁部で形成された天体に特徴的な性質です。一方、巨大衝突説が正しければ、衝突した天体である小惑星や彗星由来の物質と、火星の地殻・マントル由来の物質の混合物となるでしょう。ただし、衝突で生じる高温・高圧環境において混合物は溶融しガラス化している可能性があることに注意する必要があります。いずれの場合においても最終的には、鉱物や有機物の種類の違いに加え、化学組成や、特に酸素・クロム・チタンなどの同位体組成の違いにより、フォボスの起源を明確に判別することができます。
表1:形成仮説により予想されるフォボス試料の特徴
サンプルの分析によりわかること― 2:火星の表層環境
フォボスは火星に非常に近い周回軌道を取るため*5、火星表面で起きた隕石衝突によって放出された物質が、フォボスに到達し、レゴリスとして堆積していると考えられています。フォボスに堆積した火星由来物質は、長い火星の歴史を通じ、火星の地表からランダムにサンプリングされたものであり、火星の表層環境の変遷を記録しているでしょう。約40億年前、火星には、海や湖など、地球に似た水循環が存在していたとされ、かつての水の存在やその化学的性質を知る手がかりとなります。さらに、火星の地層には多種多様な有機物が含まれていることが分かっており、もしかすると、火星由来物質から、火星生命の痕跡(バイオシグネチャー)が見つかる可能性もあるでしょう。
このように、MMXがもたらすフォボス試料は、衛星の起源のみならず、火星の水や有機物の供給過程とその起源、さらには火星生命や表層環境に至るまで、惑星科学の根幹にかかわる諸問題に解決の糸口を与えてくれる宝物と言えるでしょう。
*1 倉本 圭 「MMXの目指すサイエンス」 連載第2回、ISASニュース 2025年6月号
*2 川勝 康弘 「MMXミッションが目指すもの」 連載第1回、ISASニュース 2025年5月号
*3 小川 和律 「MMXのミッション機器とリモートセンシング観測」 連載第3回、ISASニュース 2025年7月号
*4 キュレーション施設の概要は 地球外物質研究グループのHP を参照ください。
*5 フォボスの公転軌道半径は約9千km程度であり、地球の月(軌道半径:約38万km)と比較し、極めて火星に近い軌道であることが分かる。
【 ISASニュース 2025年8月号(No.533) 掲載】