
金星探査機「あかつき」に搭載された近赤外線カメラIR2によって2016年8月18日(左)と8月27日(右)に撮影された夜側の雲。高温の大気から発せられる赤外線を光源として上空の雲が影絵として映し出されている。暗く見えるところほど雲が濃い。不連続線の位置を矢印で示す。(クレジット:T. Imamura, Y. Maejima, K. Sugiyama et al., 2026 CC-BY)
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の今村剛教授を筆頭著者にJAXA宇宙科学研究所太陽系科学研究系の佐藤毅彦教授らが参加した研究グループは、金星の雲の長大な不連続線(南北に連なる境界構造)が、大気の流れが急激に変化して上昇気流が生じる現象「ハイドロリック・ジャンプ」によって生じることを明らかにしました。
金星探査機「あかつき」(注1)の調査によって南北約6000kmにわたる雲の不連続線が発見されましたが、その成因は謎とされてきました。この雲構造は背景の風よりも速く西向きに伝播し、後方で雲量が急増するという通常の雲の動きとは異なる特徴があります。
本研究では数値シミュレーションを用いて、惑星スケールの大気波動が作り出す大気の流れが不安定となり、その結果として大気の流れが急激に変化して上昇気流が発生し、硫酸蒸気が冷却・凝結して雲が形成される仕組みを解明しました(図1)。ハイドロリック・ジャンプと呼ばれるこのような上昇流の発生は、地球では河川や山岳周辺で見られる現象です。今回、金星の雲のダイナミックな生成プロセスが明らかになるとともに、金星特有の高速大気循環「超回転」(注2)の維持に働いていることも示唆されました。
これほど大規模なハイドロリック・ジャンプが惑星の大気中で見出されるのは初めてのことであり、本研究を契機としてこれまで認識されていなかった大気力学過程の理解が進むことが期待されます。
発表内容
金星は硫酸の雲におおわれており、その雲は金星に入射する太陽光のおよそ8割を宇宙空間にはね返して、気候に大きな影響を与えています。上層(高度60〜70km)の雲は光化学反応によって作られると考えられていますが、下層(50〜60km)の雲の成因はよく分かっていません。日本の金星探査機「あかつき」は近赤外カメラIR2(佐藤毅彦教授が主担当)を用いてこの雲を観測して、2016年、下層雲領域において南北6000kmにわたって伸びる鮮明な雲の境界線を発見しました。この南北スケールは南アメリカ大陸に匹敵します。この境界線は、5日間で金星を一周する速さで長期間にわたって伝播しており、境界線の後方では雲量が不連続的に増加しています。このような長大な不連続構造はどの惑星でも見られたことがなく、金星の気候に影響することも予想されるため注目を集めましたが、この成因は長らく謎に包まれていました。これまで金星赤道全周にわたる波数1の波で説明が試みられてきたものの、スムーズな振幅をもつ波の中ではこのような雲の不連続構造を再現できなかったのです。
本研究では、地球気象数値モデルCReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)を金星用に改変してシミュレーションを行い、この雲がハイドロリック・ジャンプ(hydraulic jump:跳水)という、水平方向の流れが急激に変化するとともに空気が跳ね上げられる現象で作られることを突き止めました。CReSSは非静力学・圧縮系に対応した数値モデルであるため、このような不連続をも再現することが可能です。この現象は地球では山岳の風下や河川で流れの速度が変化する場所でしばしば見られますが、金星では波長が4万kmにおよぶケルビン波という大気波動が引き金になっているものと推定されました。これは太陽系最大のハイドロリック・ジャンプと言えます。
金星の雲の下にはケルビン波が伝播しやすい大気層があり、ここで力学的に不安定になったケルビン波が流れの速さを急激に変化させ、その変化が生じる前線に沿って上昇気流が作られます(図1a)。すると雲の下に濃集している硫酸蒸気が持ち上げられて冷却し、雲として凝結して、後方に流されていきます。数値シミュレーションでは前線で空気が3kmも上昇し、前線の後方では波状の構造が作られます(図1b)。シミュレーション結果によく似た、さざ波のような雲の濃淡模様が金星探査機「あかつき」によって観測されており(図1c、d)、実際にこのメカニズムが働いていることを裏付けています。
図1:数値シミュレーションと観測の比較 (クレジット:T. Imamura, Y. Maejima, K. Sugiyama et al., 2026 CC-BY)
(a) 金星大気の数値シミュレーションでハイドロリック・ジャンプが発生したときの物質面(温位面)の東西-高度断面図。水平距離17000km付近で不連続的に段差が生じている。(b) 上の図の不連続近傍の拡大図。実線は物質面の変動を、色は鉛直風の速度を表す。(c) 探査機あかつき搭載IR2によって波長2.26μmで撮影された不連続な雲構造のクローズアップ。右側の暗いところで雲が濃くなっている。(d) 上の画像の赤線にそった明るさの分布。波状構造の山の位置を青い破線で示した。
硫酸の凝結過程のシミュレーションによって、観測されたのと同じくらいの急激な雲量増加が起こりうることも確かめられました。金星の下層の雲はこのメカニズムで生じている可能性があります。また、ケルビン波がハイドロリック・ジャンプを介して大気層に西向きの力を与え、金星に特有の高速大気循環「超回転」を維持するのに働いている可能性が示されました。超回転のメカニズムとして、金星探査機「あかつき」による観測をもとに熱潮汐波という別種の大気波動の働きが注目されてきましたが、ケルビン波の役割も浮上してきました。
ハイドロリック・ジャンプは、台所の流しなどで簡単に観察できる身近な現象でもあります(図2)。この現象と本質的に同じしくみが惑星スケールで生じ、気候形成に関与している点にも、本研究成果の重要な特徴があります。大規模な大気波動が引き起こすハイドロリック・ジャンプは、さまざまな惑星の大気で生じている可能性がありますが、これまで指摘されてきませんでした。本研究を契機として新たな大気力学過程の理解が進むことが期待されます。

図2:台所の流しで観察されるハイドロリック・ジャンプ (撮影:今村剛)
外向きに広がる速く薄い流れが、不連続的に遅く厚い流れに遷移する。このような遷移に伴う上昇流が、金星では不連続的な雲の生成をもたらす。
用語解説
(注1) 金星探査機「あかつき」:金星大気探査のために宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2010年に打ち上げた。2015年から2024年まで、金星周回軌道上から主に金星の雲や大気の運動を調査した。
(注2) 超回転:金星の大気は金星の自転(地球と逆の西向き)を追い抜くように全ての場所で西向きに循環しており、その速度は高度70km付近で最高速度100m/秒に達する。この速度は金星の遅い自転(周期243地球日)のおよそ60倍に相当する。この大気循環は超回転(スーパーローテーション)と呼ばれ、メカニズムはまだ不明の部分が多い。
論文情報
原題: A Planetary-Scale Hydraulic Jump Driving Venus' Cloud Front
掲載誌: Journal of Geophysical Research - Planets, Volume131, Issue4, e2026JE009672, 2026.
出版日: 2026-04-24
DOI: 10.1029/2026JE009672
主著者名・所属: 今村 剛(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻)
