はじめに

日本の宇宙開発史の中で、宇宙空間から戻ってきて回収できた機体といえば何を思い浮かべるでしょうか?「はやぶさ」・「はやぶさ2」サンプルリターンカプセルは、小惑星で採取したサンプルを地球に持ち帰ることに成功したその代表格になります。これ以外にもUSERS *1 (2003年)やHSRC *2 (2018年)なども挙げられますが、数は多くなく両手で数えられる程度です。そこに2021年7月に新しく仲間入りしたのが、観測ロケット実験データ回収モジュールRATSになります。本稿では、RATSとそれを実現させたインフレータブルエアロシェル、そしてインフレータブルエアロシェルの将来展望についてご紹介します。

観測ロケット実験における機器回収と、インフレータブルエアロシェル

宇宙科学研究所が実施する観測ロケットを用いたフライト実験では、様々な理学的・工学的な実験が行われています。宇宙空間からの現象観測、フライト中の無重力・真空・高速飛行の環境を利用した実験、ロケット上昇中の振動環境などに対する機器の機能実証など、目的は様々です。ここで紹介するインフレータブルエアロシェルも、10年程前の2012年8月に観測ロケットを利用して機能実証実験が行われました(ISASニュース 2012年10月 No.379「柔らかい大気圏突入機の実現に向けて~シイタケ型実験機はいかにしてつくられたか~」)。観測ロケット実験は毎年数回程度実施されていますが、貴重な実験機会であるため、フライトした機器やサンプルを回収して状態を確認したい、できるだけたくさんのデータを得たい、という要望が多くあります。観測ロケットは放物線軌道を描いて飛行し、海上に落下して水没するため、機体を回収することは簡単ではありません。また、フライト中のデータは電波で送られるため、大容量のデータを得ることは難しいのが現状です。

観測ロケット実験での機器回収は、過去1981年から1998年にかけて9回実施され、そのうち5回が回収に成功していますが、それ以降実施されていませんでした。観測ロケットは、大型のH-IIAロケットなどに比べると小さい機体ですが、ロケット全体を回収することは現実的ではありません。打ち上げたロケットの中で回収する部分だけを宇宙空間で切り離して、大気圏に再突入させ、海上にゆっくり着水させ、海上に浮いているところを回収するという手順になります。これを実現するには、①ロケットからの分離装置、②大気圏再突入時の加熱に対する耐熱装置、③パラシュートとその放出装置、④フローティングバッグとその膨張装置、が必要になります。過去に実施された回収実験の機器は、現在、宇宙科学研究所の研究交流棟で展示されていますが、ロケットの一部とはいえ、非常に大きな装置となっています。

そこで登場するのが「インフレータブルエアロシェル」です。はやぶさサンプルリターンカプセルのような大気圏再突入機の最外殻は、飛行中に空気から受ける力(空気力)に耐えられる構造となっており、エアロシェル(空気+殻)と呼ばれます。通常、固い構造となっているエアロシェルに代わり、柔らかい構造で、収納・展開を可能としたものがインフレータブルエアロシェルと呼ばれる装置になります。大気圏再突入機が地表に到達するまでに必要となる減速は、逆噴射などの一部の例外を除いて、空気力によって行われます。荷物を載せていない自転車の方が載せている場合より早く止まれるように、軽いものを強い力で押した方が減速度は大きくなります。軽量・大面積のインフレータブルエアロシェルを拡げた状態で大気圏に突入することで、機体を軽くしたまま、大きな面積で空気を受け止めることで大きな空気力を受けることができ、必要な減速を効率良く得ることができます。結果として、高度が高く大気密度の低いところで減速できることで、大気圏突入時の厳しい加熱を避けて飛ぶことができるようになります。この特徴は大気圏内を降下しているときも発揮され、パラシュートと同様に、降下速度を下げる効果が得られるため、海上にゆっくり着水できます。そして、インフレータブルエアロシェルが浮き輪のようなインフレータブルリングで構成されているため、着水後に海上に浮くこともできます。大気圏突入から海上浮遊までをこれ1つで達成できると同時に、大気圏突入前の宇宙空間で展開しておけば、それ以降何もする必要はありません。何かをするということは、それを失敗するリスクがつきものですが、そもそも何もする必要がないのでリスクを減らすことになります。

観測ロケット実験データ回収モジュールRATS

このインフレータブルエアロシェルの利点を最大限利用したものが「観測ロケット実験データ回収モジュールRATS(Reentry and recovery module with deployable AeroshellTechnology for Sounding rocket experiment)」になります。その名の通り、観測ロケット飛行中の実験データを回収することを目的とした小型カプセルになり、機体内部にUSBメモリを搭載しています。収納状態で直径170mm、高さ360mmの円柱形、展開状態で直径1.2m、重さ4.8kgになります(図1)。RATSは2021年7月に、内之浦宇宙空間観測所から観測ロケットS- 520 - 31号機で打ち上げられました。この観測ロケットではデトネーションエンジンの実験が行われ、その実験データをRATSで回収するというミッションでした(ISASニュース2022年7月 No.496「観測ロケットS-520-31によるデトネーションエンジン実証」)。打ち上げられ、宇宙空間でデトネーションエンジンの実験が行われて、そのデータがRATS内のUSBメモリに記録された後からがRATSの出番になります。

図1

図1:観測ロケット実験データ回収モジュールRATSの外観。

RATSのインフレータブルエアロシェルは円筒状の金属カバーの中に収納された状態で打ち上げられるため、まずはそのカバーを開いて、インフレータブルエアロシェルの拘束を解除・展開します。次に、インフレータブルリングにガスを充填し、パンパンに膨らませることで、飛行中に受ける空気力に耐えられるようにします。ガス充填が完了すると、ロケットとの結合解除・バネによる射出により、ロケットから切り離されます。この後はそのまま単独で飛行するだけなのですが、このときRATSに分離したロケットが追突するアクシデントが起きていたことが後からわかりました。幸いにもRATSはその後も飛行を続け、海上着水後も浮くことができ、回収された機体を見ても損傷している様子はありませんでした。この出来事によって、RATSは図らずも衝突による衝撃力や飛行姿勢の乱れを受けることになりましたが、柔軟性に優れたインフレータブルエアロシェルの衝撃耐性や、乱れた飛行姿勢からでも機体回収を可能とするRATSの性能を実証する機会となりました。結果として、この出来事はRATSやインフレータブルエアロシェルの信頼性の証しといえるのではと考えています。

RATSは海上で回収することを前提に開発されていますが、海上に浮いて待つだけでは回収できません。広い海の上でRATSがどこにいるのかを正確に知る必要があることと、実際にそこに行って海から引き上げることが必要になります。RATSは海上に浮いている間に海流で流され移動してしまうため、いわゆるGPSトラッカーと呼ばれるもののように、自分の現在位置を伝えてもらう必要があります。しかし、水平線に遮られるため、電波で地上局と直接通信することはできません。そこで、RATSではこの位置情報をイリジウム衛星通信を使って送信できるようにしています。RATSの通信はイリジウム衛星通信のみですが、単独飛行中から海上浮遊中までいつでも通信が可能となり、太平洋の真ん中でも常に自分の現在位置を伝えてきます。これにも我々が積み重ねてきたノウハウが使われています(ISASニュース 2016年5月 No. 422「宇宙で使う携帯電話」)。

RATSの位置が分かれば、後はそこに行って拾い上げるだけですが、そこにはインフレータブルエアロシェルならではの難しさと工夫があります。我々のインフレータブルエアロシェルでは、インフレータブルリングに十分なガスが充填されている必要があり、これが損傷してガスが抜けると機能しなくなってしまいます。そのため、インフレータブルリングは高強度・高耐熱・気密・軽量を達成できる素材を組み合わせて製造し、耐久性を高めています。しかし、RATSでは充填ガスに炭酸ガスを使用しており、このガスはインフレータブルリングを透過してしまうため、海上浮遊できる時間が限られていました。この点は今後ガスの種類を変えることで対応していく予定ですが、迅速に現場に到着できるようヘリコプターでの回収としました。ヘリコプターで回収するときも、RATSが軽量・小型のカプセルであることを利用し、ホバリング中に網ですくい上げる方法をとりました。この回収方法でRATSをすくい上げることができるかを、ヘリコプター運航会社(朝日航洋(株))と協力して、事前に何度も検証・練習を重ねた上で本番に臨みました。

結果的にRATSは高度235kmに到達後、内之浦の沖合270kmに着水し、着水から約2時間後(打上から約2時間半後)にヘリコプターで回収され、種子島に運ばれ、RATS内に記録された実験データを取り出すことに成功しました(図2)。このとき回収された写真データがISASニュース 2022年7月 No.496「観測ロケットS-520-31によるデトネーションエンジン実証」で紹介されています。我々の長年開発を進めてきたインフレータブルエアロシェルが、実験機や衛星通信のシステム開発で培ってきたノウハウと組み合わさることで、観測ロケット実験というフィールドで他のユーザーの役に立つことができた瞬間でした。

図2

図2:RATSのたどった軌跡。

インフレータブルエアロシェルのこれから

RATSが成功したことで、実際に観測ロケット実験で使える、データ回収が可能である、ということが観測ロケット実験のユーザーに認知されつつあり、今後、RATSの同型機が観測ロケット実験で使われていくことになります。来年2024年にはRATSの2号機が打ち上げられる予定です。

一方、インフレータブルエアロシェルの進化はRATSで留まることはありません。2012年の観測ロケット実験以来、高性能化を目指して研究開発を進めてきたインフレータブルエアロシェルは、2021年のRATSの成果を受けてその技術レベルの高さを示すことができました。インフレータブルエアロシェルは大気圏再突入機の新しい姿であり、地球周回軌道からの帰還、火星などの惑星への着陸といった応用先があります(ISASニュース 2015年6月 No. 411「大気圏突入機の新コンセプト 畳んで、広げて、膨らむ、大気圏突入機」、ISASニュース2017年11月 No. 440「EGGが拓く超小型大気圏突入探査機の世界」)。「はやぶさ」のようなサンプルリターンカプセルについては、速度が速く加熱が厳しいため使用できず、固いエアロシェルとの住み分けはありますが、固いエアロシェルにはない利点がインフレータブルエアロシェルにはあります。

火星大気は地球大気の100分の1の密度しかなく、空気力でのブレーキングを行うことが難しく、通常の大気圏突入カプセルでは減速する前に地表に衝突してしまいます。そのため、高速で飛行中にパラシュート(超音速パラシュートと呼ばれる特殊なもの)を開いて減速する必要があります。一方、インフレータブルエアロシェルであれば突入前に展開しておけば、何もしなくても十分に減速することができるようになります。これはパラシュートを搭載することの難しい小型機で大きな利点となり、インフレータブルエアロシェルであれば小型の火星着陸機を実現できるようになります。これまで非常に限られた大規模プロジェクトでしか到達できなかった火星表面に、相乗りの形で小型機を持っていくことが出来れば、これまで断念されていた火星探査のアイディアも実現に向かうかもしれません。火星というフロンティアに誰もが挑戦できるようになればと期待しています。

地球周回軌道からの小型帰還機についても、小型火星着陸機についても、RATSで使われた直径1.2mのインフレータブルエアロシェルではまだ到達できない領域であり、より大型のインフレータブルエアロシェルが必要です。これを実現すべく直径2.5mのインフレータブルエアロシェル(表紙画像)の開発を現在進めており、その観測ロケットでの実証実験を1年以内に実施する予定です。これが実現すれば、上の2つのどちらもが手の届くところまで来ようとしています。そう遠くない将来、大気圏突入機のゲームチェンジがまさに起きようとしています。

*1 次世代無人宇宙実験システム(USERS)は、地球周回軌道上で超電導材料の宇宙実験を行い、その成果物をリエントリモジュールで回収しました。2002年9月打上げ、2003年5月回収。

*2 HTV搭載小型回収カプセル(HSRC)は、「こうのとり」7号機で国際宇宙ステーションに運ばれ、国際宇宙ステーションから実験試料を回収しました。2018年9月打上げ、2018年11月回収。

【 ISASニュース 2023年4月号(No.505) 掲載】