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宇宙科学の最前線

柔らかい大気圏突入機の実現に向けて 〜シイタケ型実験機はいかにしてつくられたか〜 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授 鈴木 宏二郎 / 宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 助教 山田和彦

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次世代の大気圏突入機はシイタケ型?

 上空で傘のような空気ブレーキを広げてフワリと大気圏に突入する新しい飛行体の実験については、観測ロケットS-310-41号機報告としてISASニュース2012年5月号と9月号で紹介させていただきました。本稿では、そこに至る研究のストーリーをお話ししたいと思います。

 宇宙から人や物資を帰還させたり、火星などの大気のある惑星に探査機を着陸させたりする際、大気圏突入は避けて通れない関門です。その際に最も厳しいハードルが、空力加熱の問題です。これは、大気の分子が高速で飛行する機体表面にぶつかって運動エネルギーを失い、熱に変わるために起こります。

 大切な宇宙船が空力加熱にやられて燃えないようにするには、何らかの対策が必要です。これまでは、「いかにして上手に熱に耐えるか」の観点から研究開発が行われてきました。スペースシャトルのタイルがそのよい例です。私たちはこの方向性に疑問を持ち、空力加熱を避けることはできないだろうかと考えました。答えは簡単です。空力加熱の出所は機体にぶつかる大気の分子ですから、その数を減らす、つまり高速での飛行は大気密度の低い高高度に限ればいいわけです。これは、低い高度の"濃い"大気に到達する前に減速を済ませてしまえるよう、高高度で利きのよい空気ブレーキが必要となることを意味します。ところが、空気ブレーキに必要な空気抵抗の大きさは大気密度に比例するので、その分、空気ブレーキを大きくする必要があります。でも、小惑星探査機「はやぶさ」のようなカプセルをそのまま大きくしたら重くなってしまうし、第一、打上げ時に邪魔で仕方ありません。そこで、雨傘のように、空気ブレーキを布でつくって、あらかじめ畳んでおき、大気圏に突入する前に広げて使うことを考えます。これが「展開型柔軟膜構造エアロシェル」のアイデアです。

 私たちは、これを飛行体として実現させようと考えました。新しい乗り物をつくる研究では、計算機シミュレーションや実験室実験だけでは駄目で、実際に飛ばせてみせないと人々に信用してもらえません。そこで、今から約10年前に、飛行実証を中心に据えた研究開発を開始しました。図1はこれまでに開発した実験機の歩みです。一番右がこの夏に観測ロケットで飛行実証を行った機体で、その色と形から、取材に来た記者の方より「シイタケ型」のニックネームを頂戴しました。

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図1 展開型柔軟膜構造エアロシェル実験機開発の歩み


開発の大きな転機となった気球実験

 展開型柔軟膜構造エアロシェルの実用化に向けた研究開発が本格的に開始されたのは、2002年の宇宙航行の力学シンポジウムで図1の左端にあるような構想を発表したことがきっかけでした。その当時は、超音速気流中の膜面の挙動といった基礎研究が中心の段階でしたが、フライトを目指す意気込みが伝わったのか、幸いなことに、まずは気球実験から始めたらよいというアドバイスをいただき、その"翌年"に飛行実験となりました。

 研究室の学生に加え、宇宙研や他大学の学生も巻き込み、さらには宇宙研の大気球観測センター(現在の大気球実験室)の協力を得て、飛行実験の立案から実験機の設計と製作、さまざまな確認試験まで、たった8ヶ月間で行い、実験期日までに実験機をつくり上げました。しかし、2003年の夏、三陸大気球観測所での実験では、残念ながら機体を気球ゴンドラから分離することができず、飛行実験は実現できませんでした。実験場でゴンドラとともに戻ってきた実験機を迎えた悔しさも、今では何事にも代え難い貴重な経験であったと思えます。翌年の再挑戦では、一度目の経験を活かして実験機を洗練して実験に臨み、柔軟エアロシェルが取り付けられた実験機を高度40kmから安定に降下させることに成功しました。この気球実験の成功が、柔軟エアロシェルの開発の大きな転機となり、研究開発が一気に加速することになりました。

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